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후한(後漢) ‘유교국가(儒敎國家)’의 성립

「儒教国家」の成立

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주제분류역사학

초록

前漢の武帝期に董仲舒の献策により、太学に五経博士が置かれて儒教が国教化された、という『漢書』の記載は、日本ではすでに無批判に受け入れられることはない。『漢書』董仲舒伝は、「⒜孔子を顕彰し諸子百家を退け、⒝また学校の官を立て、⒞州郡に茂材ㆍ孝廉の士を推薦させたなどのことは、みな董仲舒の発議による」と董仲舒を讃美するが、⒜諸子百家の一部を退けたのは衛綰の奏請であり、田蚡の施策である。⒝学校の官を立てたのは、長安のそれは公孫弘の上言による。地方ではすでに景帝期の末、蜀において文翁が学校の官を立てている。⒞州郡に人材を推薦させたのは、はじめて刺史を置いて十三州に配属させたとき、武帝が詔を下したことに始まる。これらがいずれも董仲舒の功績でないことは明らかである。それでは、儒教が国家の支配理念として確立したのは、いつなのか。本報告は、日本を中心とする「儒教の国教化」論を総括する中から、後漢「儒教国家」の成立において、「儒教の国教化」が達成されたとする仮説を提示するものである。儒教によりその支配を正統化される皇帝が、儒教の教養を持つ文人官僚と、その出身母体である在地勢力を利用した支配を行う、という伝統中国に固有な国家支配体制は、道教や仏教の隆盛後も引き継がれていく。かかる意味において、後漢「儒教国家」の国家支配と儒教との関係は、伝統中国の国家支配と理念の原基となっていくのである。

참고문헌 (8)

  1. "宇野哲人", ~ (1924)
  2. "武內義雄", ~ (1943)
  3. "木全德雄", ~ (1966)
  4. "宮川尙志", ~ (1965)
  5. "周桂鈿", ~ (1989)
  6. "池田知久", ~ (2009)
  7. "甘懷眞", ~ (2003)
  8. "渡邉義浩", ~ (2010)

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