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女を盜む話と「東下り」考- 『伊勢物語』六段を中心に -

The story for stealing a woman and to think of Azumakudari

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주제분류일본어와문학

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Abstract

伊勢物語六段は伝承譚を下敷にしながら、それを現在的事物と巧みに結合させようとしているところで、和歌の前の地の文と後注の間に矛盾が生じる。「草の上に置きたりける露を、かれはなにぞとなむ男に問ひける」の文は、「白玉か」の歌を導き出すために無理に導入された表現で、まさに歌と地の文との間に有機的な關連を持たせて作られる歌物語の特徵を如實に表したものである。また、「白玉か」の歌を說明するためにそこまで長い地の文を添える必要はないと思う。物語の流れとして、夜這いが許されず、ついに女を盜む行爲に出た男の話が五段に續いて語られているのは十分理解できるが、表現の素材となるものがまったく異質のため、物語の見方が急に変わるのである。戀愛失敗の事を語るのに、鬼に女が喰われる話と結びつける理由はどこにもない。歌に續く地の文(後注)では、鬼を二條の后の兄弟である「堀河の大臣、太郞國経の大納言」と種明かししているが、それも「これは二條の后」で始まる書き方でわかるように、古文に解說を加えた補注にすぎないものと推される。 伊勢物語六段での逃亡は成功には結び付かないが、地の文の「あくたがはといふ河を率て行きければ」「行く先多く」「男、弓、やなぐひを負ひて戶口にをり」などの表現は、更級日記の「竹芝伝說」で衛士が姬君を背負って力强く野山を走る場面と重なり合う。話型は「竹芝伝說」に通じるものがあり、淵源をともにする話として理解できるのである。しかし表面構成において、古き素材の上に現在的事象を重ね合わせることによって、本來の說話的な影像は色褪せているのであろう。

참고문헌 (5)

  1. "靑木和夫ほか校注", pp.2~ (1990), 2 3 4卷岩波書店p
  2. "新人物往來社pp", pp.124~130 (1975)
  3. "馬淵和夫ほか校注 譯", pp.3 3~4 (1976)
  4. "章段の增益と 容>", pp.47~64 (2003), 19集韓國日本文化學會pp
  5. "古代東國と大和政權 新人物往來社pp", pp.232~242 (1992)

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