『今昔物語集』의 醫術談 고찰
『今昔物語集』の医術談の考察
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초록
日本の古典文学の中には日本人が疾病を治すためにどういう処方を行ってきたかが分かる手がかりが散見する。とりわけ、説話文学は当時の日本人の医術に関する意識水準がどの程度であったかを知る良き資料となる。 一つ注意すべきことは、今日の医学的な常識で当時の医術を判断してはいけないことである。すなわち、説話の中に描かれている医術行為は当時の民衆の意識を読み、編者の意図をつかむ手がかりとして考察の対象になりうるのであって、医学的な効力やその真偽が関心の対象ではないということである。このような観点から本考察は『今昔』の所収説話を通して当時の日本人の医術に関する意識を明らかにし、同時に『今昔』の編者が医術談を通じて表そうとした構想の一面についても考察してみた。 まず、構成の面から見ると、第24巻は技芸談を収録しながら、前半部には肉体的技芸談、後半部には知的技芸談に分類した。このうち、第7話から第12話までは技芸説話の一領域として医師と医術、医薬に関する説話を収録しており、医術談を知的技芸談として分類する、整然とした組織面での構想がうかがえる。 具体的な治療行為においては、医師を「くすし(藥師)」,病を司る官庁を「でんやくりょう(典藥寮)」と称する名称からも分かるように、主に医薬による治療が行われていたことが分かる。即ち、医薬は治療において絶対的なものであり、病種によって多様な薬材が処方された。また、薬材以外に肉食によって病を治したりしたが、これは仏教の殺生禁止と律令国家体制下での肉食禁止令などにより肉食が乏しかった社会的な状況が反映されたものと思われる。したがって、時代が下るにつれて治療のための肉食は「くすりぐい(藥食)」として用いられることもあった。 一方、病を治療する人としては医師の外に僧侶、陰陽師、盲人などが活躍し、病によっては医薬の外に加持祈祷、お祓い、呪術などの多様な治療法が用いられていたことが分かる。名医の技芸について『今昔』の編者は「止事無キ醫師」「世ニ並無キ者」のような表現で称賛しており、尙古思想が見られるところもある。なお、唐の医師長秀の例話で見られるように、名医が名薬を見分け、製造できるという点は、前述したように医術においての医薬の重要性を物語っているといえよう。 仏教と関連する医術談においては、疾病あるいは身体的な障害を前世の業として認識しており、治癒においては医師や医薬より仏像や経典の霊験あらたかなることを物語っており、疾病治癒が仏法弘布の一つの手段としての役割もしたことが分かる。
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