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<膝栗毛もの>絵双六に現れた江戸表象文化考

Edo Representation Culture from the viewpoint of Esugoroku's model of Hizakurige

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주제분류일본어와문학

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江戸時代だけでも千種以上刊行されたと言われる絵双六の全貌究明の一歩として、本稿では同じ刊行物である読み物の世界との関連に着目し、滑稽本『東海道中膝栗毛』を踏まえた〈膝栗毛もの〉絵双六の注釈分析を行う。その結果、小説から浮世絵へ越境する江戸表象文化を垣間見、絵双六の趣向と転用ーその受容と創造ーを明らかにしていきたい。  考察テキストとしては、一猿斎国升戯画『五十三駅滑稽膝栗毛道中図会』(『図会』と略称)、一立斎広重狂画『浮世道中膝栗毛滑稽双六』(『浮世』と略称)、広重狂画『伊勢参宮膝くりげ道中寿語録』(『伊勢』と略称)、歌川重宣画『新板膝栗毛道中双六』(『新板』と略称)を取り上げる。  一枚物の玩具である絵双六は、読み物の世界を取り込む際、絵師の発案よりは模倣の方に軍配が上がるだろうということで、創造性に乏しいジャンルとして思われがちである。しかし、絵双六のコマに一つ一つ注釈的分析を行ってみると、その創造性が発見できるのである。即ち、原話に基づきつつ新しい絵柄を発案する場合や、また、原話に基づかない絵師の創案・発案による図像の場合がある。原話のエピソードを持ってくる場合も、創作された台詞に合わせて絵柄・状況ともに原話とは一味違う工夫が施される。  原話の挿絵継承は、踏襲と脚色というふうに考えられる。そして原話の挿絵をそのまま踏襲するよりは、何等かの工夫を施す場合が大半を占めるのである。『膝栗毛』挿絵と絵双六図柄における捉え方の相違点を一言で述べると、原話の挿絵がまだ事件の序幕・終幕を描いているなら、絵双六の方は事件のクライマックスを描こうとする点と言えよう。絵双六が『膝栗毛』挿絵を転用する際、その主旨はここにあったのではなかろうか。  以上、滑稽本『膝栗毛』に端を発する絵双六の注釈分析を通して、小説から浮世絵へ越境する江戸表象文化、いわば冊子を受容して一枚物の絵画へと広げる江戸独特の文化現象の一面を垣間見た次第である。

참고문헌 (7)

  1. 加藤康子, "幕末・明治の絵双六" (2002), 国書刊行会
  2. 鈴木重三, "保永堂版 広重 東海道五拾三次" (2004), 小学館
  3. 拙稿, "<膝栗毛もの〉絵双六の表象と表現", 国際日本文学研究集会会議録 (2007)
  4. 拙稿, "浮世絵に見る『東海道中膝栗毛』滑稽の旅", 浮世絵芸術, (151) (2006)
  5. 豊橋市二川宿本陣資料館刊図録, "道中双六", ~ (1998)
  6. 中村幸彦校, "東海道中膝栗毛" (1995), 小学館
  7. 馬頭町広重美術館刊図録, "広重画業展", ~ (2005)

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