江戸戯作が描き出す子供像-誕生・服装、そして表象-
Children's image as depicted in Edo-gesaku: Birth, Clothing, and Representation
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초록
江戸戯作が描き出す子供像に迫るべく、誕生・服装・イメージをキーワードに、先ずは<貧富もの>草双紙四作を考察した。その結果、子供誕生に際して、親は専ら子供の健康、つまり、「虫気、風邪、疱瘡、麻疹、眼病」に掛からないことを、一九の三作には共通的に想定していることがわかった。子供の掛かりやすい病気という現実を反映した典型的な願望だったに違いない。その五つの健康事項の中で「疱瘡」のみ取り上げ、他は器量、品性、器用さを願うところが独特なのが、三亭春馬の一作であった。このような親の望みの中で登場する子供は、該当する場面を盛り上げるための付随的な存在に過ぎなかったが、子供に対する当時の考え方、共通的なイメージは十分伝わる。 それから、生まれてきた子供の年齢別服装と髪型という外見にスポットを当ててみた。具体的には、三馬作滑稽本『浮世風呂』の銭湯に集う子供の普段着と髪型、それから、一九作草双紙の子供の晴れ着を垣間見た。その結果、三馬作には父親に連れられた三歳の男児、乳母に連れられてきて乳を飲んだり月代を剃ってもらう四歳の女児が登場する中で、後者の女児は唐子髷である。しかし、男女問わず小児に多い髪型は芥子坊主であったらしい。猶、一九作には子供の晴れ着として、物見遊山中の男の子は芥子坊主で黒羽二重の羽織、お正月の女の子は「裃に脇差」だが、後者は子供浮世絵と見比べた際、男児の礼服に相違なく、作者か絵師の粗相による間違った礼装であると推論した。 さて、地方の子供の暮らしぶりを窺うために、『東海道中膝栗毛』初編~八編中、子供の登場する場面を全部抽出してみた。地方に生きる子供や旅に出る子供は、どのように描写されるのだろうか。本文や挿絵に占める比重は微々たるものであったが、それなりにストーリに絡んで登場する子供は、世知にたけた子供、正直な子供、大人を冷やかす子供と三大別できた。一言でいうと、大人より一枚上手の子供たちである。エピソードの主役として登場するのは、初編の伊勢参りの少年と二編のお菓子売りの少年のみであって、他は該当する場面を盛り上げたり、反転をもたらすための付随的な存在に過ぎなかった。『浮世風呂』と同じ滑稽本でありながら、『膝栗毛』には無心に遊ぶ子供は無きに等しい。 『膝栗毛』に登場する子供の階層は、全員庶民の子供である。富裕な商家のお坊っちゃんでもない。風波にもまれて世知辛い子供たちは、大人に負けてはいなかった。それに隠し事ができないという子供の特性が滲み出るエピソードを、一九は創り上げていたのである。 且つ又、『膝栗毛』本文には登場しないが、点景として挿絵にのみ添えられる子供の図像を全部抜き出してみた。その結果、丁稚奉公の少年、かむろの少女、下働き少女が描かれており、大人に混じって労働力を提供する存在として、自然に認識されている様子が見て取れる。 斯くして、無垢な子供という現代のイメージではなく、働き始める八・九歳ぐらいから十三・四歳までの時期に当たる、子供たちの見習い労働に支えられている社会構造も、ありのまま見せてくれるのが江戸戯作であった。
Abstract
I investigated the birth, clothing, and representation of children depicted in the Edo Gesaku. First of all, as a result of considering the four works of Kusazosi, it was found that many of them wished for the health of their children at the birth of their children. Then, I paid attention to the appearance of the born child's age-specific clothing and hairstyle. Specifically, in order to see the lifestyle of children in rural areas as discussed in (1) the casual clothes and hairstyles of children who gather at the public bath in the Ukiyo-buro, and (2) the children's festive clothes in the Ikku’s “Kusazoshi”, I tried to extract all the scenes of "Hizakurige" where children appear. As a result, children living and traveling in the countryside were divided into three categories: those who were worldly-wise, those who were honest, and children who mock adults. In a nutshell, they are children who are a cut above adults. There are almost no children playing innocently in "Hizakurige". The social structure supported by the apprentice labor of children between the ages of eight and 14 who began working in this way could also be seen in the “Edo Gesaku”.
참고문헌 (11)
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- "日本大百科全書ニッポニカ"[URL]
