夏目漱石の「則天去私」の思想 -森鴎外の「諦念」、和辻哲郎の「倫理学」との関連-
0
조회
0
다운로드
0
인용
0
참고문헌
키워드
초록
本稿では漱石の思想的な性格を「則天去私」的な思考にみられる点を中心として森鴎外、和辻哲朗との関連において現代に生きる我々がどのような意味で受け取るかについて論じた。まず、森鴎外のとの関連においては、明治の代表的な文学者である漱石と鴎外の歴史観を乃木希典の殉死の事件を通してそのとらえ方に対照的な面を論じ、両者の伝統と近代の問題についても考察した。彼らは伝統と近代のどちらにも属することができなかったため傍観者の道を歩き、伝統回帰したいと願う同じ運命の作家である点を検証した。私は鴎外と漱石の中に、近代日本の知識人の一つの典型、すなわち、個というものを貫くよりも全体への志向をしている点を挙げ、ナショナルなもの、言い換えれば家と社会と国家を総括する思想的な核に向かい、この核は最終的には「無」の形態で表れ、この「無」がナショナリズムに相貌を帯びた時、日本帝国主義の支柱になったと指摘した。また漱石の「則天去私」との関連については「則天去私」を漱石の全体性の帰依の側面において論じ、彼の根底的なナショナリズムへの傾向を考察した。仏教的な諦念に近い「則天去私」は、自然への帰一で我執を脱したいとする漱石の憧憬の理念に過ぎなかったことを検証し、その憧憬は東洋的な自然、東洋的な無の観念であったと解釈した。最後に、漱石の「無」の思想は和辻の「人間存在の根元的な層」である「空」、即ち「絶対的全体性」に繋がることを考察した。和辻も東洋的な「無」の思想を自己の思想に取り入れながら、滅私の哲学を推進し、皇国主義哲学を成していく過程を歩んだことを考察した。それは漱石の「則天去私」から和辻倫理学に内在的な近代日本人の過程が見られるからである。人間の葛藤を書き続けていた漱石が最終的に志向したのは何であったか。それは人間存在が無の根底に開かれることを祈願しつつ、人間の葛藤と闘争をそのまま認めながら、相調和できる場を求めたのではなかろうか。「則天去私」の意味はそこにあると考える。
참고문헌 (7)
- 安部能成, "随筆全集, 第二巻" (1969), 小学館
- 平河祐弘, "夏目漱石と明治天皇" (2004), 文芸春愁 特別版
- 和辻哲郎, "倫理学 上、中、下" (1949), 岩波書店
- 宇都宮芳明, "人間と間の倫理" (1980), 以文社
- "森鴎外全集, 第五巻" (1972), 岩波書店
- 清田文武, "鴎外と漱石の世界" (1992), 新潟大学
- 今西順吉, "漱石文学の思想" (1988), 筑摩書房
