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漱石の「則天去私」考-「則天去私」に至るまでその根底をめぐって -

A Study of Soseki's 'Sokutenkyoshi'

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주제분류일본어와문학

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漱石が晩年に掲げた思想である「則天去私」の熟語の真意については各人各様の解釈があるが、本論で考察したとおり、漱石の根本思想になった禅の修行などからその意味を把握することができると思う。大正五年十一月の木曜会の席で語られた「則天去私」は、当時の漱石の思想を知るための重要な手がかりとなるものであるが、その意味としては、無署名の解説に、「天に則り私を去ると訓む。天は自然である。自然に従うて、私、即ち小主観小技巧を去れといふ意で、文章はあくまで自然なれ、天真流露なれ、といふ意である。」というのが現在明らかになっている意味として注意される。 漱石は大正五年八月十四日夜から十一月二十一日、死の床につく前日までに、およそ七十五首にいたる漢詩を残しているが、晩年になってこそ「無心」の禅語を漢詩に用いることができたし、これらの漢詩に自分の悟道を明確に表しているのである。本論では「則天去私」という四字熟語を掲げるまでの根底背景を考察してその真意と彼の悟観を察して論じた。漱石は悟りの境地を懇望して長年修行しつづけたのであろうし、その禅修行の経路を経て分別心をなくし煩悩妄想を超越して「去私」、「無私」の道の結実を得たのであろう。そして、その境地を自分の言葉として「則天去私」と宣言することになったのではないかと思われる。あるものをあるがまま觀ずる「則天」の天然自然の態度で、なんらの執着なしにただ観照し、天然の景物を自然に觀ずることができる「則天去私」の大道を解して、特有の禪定を表現しているのである。また、描くことも見ることもできない春風を「則天去私」の境地を表わす語として取り入れてその修行の進展を見せしめしている。晩年の「蓋天蓋地是無心」、「道到無心天自合」等の詩句の表現のように、「天」の命にしたがって「去私」の境界を提唱した漱石独特の思想として受けとることができるし、また「会天行道是吾禅」は「則天去私」の根底になる境地を明かにしてその意味を確かにしているので「則天去私」は晩年悟りを得た禅境を一言で表したのであると注意したい。

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