近代東アジア世界のなかの「日琉向祖論 」
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초록
「大日本帝国Jの統治下、琉球弧で「日琉同祖論Jを唱え住民の「国民化」に務めた 伊波普猷と、朝鮮半島で「民族改造論」を提唱した文化ナショナリスト・李光沫は、そ の履歴や言説の類似性にも関わらず、後世の思想史的な評価においては、前者が近代日 本の「帝国主義」に批判的な論者からも概ね賞賛されるのに対し、後者は「親日派jの 代名詞として糾弾されるという大きな格差がある。このような評価の断絶の背景を理解 し、それを乗り越えるための模索として、本稿では前半で歴史的、後半で方法論的な検 討を行う。19世紀から20世紀への転換期における「民族J概念の展開を東アジア大で 捉える作業と、把握することの困難な概念である「アイデンティティJを「イデオロギ ーの内面化」としてではなく、「成員によるカテゴリー化Jおよび「言説の資源化」とい う次元で記述するための方法の考察とが、それぞれの内容になる。
Abstract
「大日本帝国Jの統治下、琉球弧で「日琉同祖論Jを唱え住民の「国民化」に務めた 伊波普猷と、朝鮮半島で「民族改造論」を提唱した文化ナショナリスト・李光沫は、そ の履歴や言説の類似性にも関わらず、後世の思想史的な評価においては、前者が近代日 本の「帝国主義」に批判的な論者からも概ね賞賛されるのに対し、後者は「親日派jの 代名詞として糾弾されるという大きな格差がある。このような評価の断絶の背景を理解 し、それを乗り越えるための模索として、本稿では前半で歴史的、後半で方法論的な検 討を行う。19世紀から20世紀への転換期における「民族J概念の展開を東アジア大で 捉える作業と、把握することの困難な概念である「アイデンティティJを「イデオロギ ーの内面化」としてではなく、「成員によるカテゴリー化Jおよび「言説の資源化」とい う次元で記述するための方法の考察とが、それぞれの内容になる。
