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見いだされた朝鮮 ー「多胡碑」と「羊太夫」一

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「多胡碑」は「日本三古碑」のひとつに位置づけられている遺物であるが、朝鮮半島から渡来 してきだ渡来人の文化との関わりで語られることがある。この論考では、こうした語りが形成された歴 史的背景を論じることで、日本内陸部の在地社会における「朝鮮」の「発見」のプロセスと 「知」との関係を明らかにした。 「朝鮮」の発見は近代的な現象であり、知識人による価値の創出行為と深く関わる出来事で あった。近代以前の社会におけるこの石碑は、地域の宗教的・政治的文脈のなかに置かれてお り、「羊太夫」と呼ばれる、非業の最期を遂げた英雄の墓所とされるもので、あった。ところが、石 碑の新しい意味が知識人によって「発見」されて以降は、石碑自体の「渡来人」との関係や、 その「東アジア自り」な価値が見いだされて、従来とは別の文脈に置かれるようになっていったので"あ る。 「朝鮮」の「発見」は、「羊太夫之墓」から「多胡碑」へと、古い記号の機能が近代的な ものへと転位させられる過程で行われたものであり、それ以前の意味体系への否定の表現に他なら なかったのでらある。

Abstract

「多胡碑」は「日本三古碑」のひとつに位置づけられている遺物であるが、朝鮮半島から渡来 してきだ渡来人の文化との関わりで語られることがある。この論考では、こうした語りが形成された歴 史的背景を論じることで、日本内陸部の在地社会における「朝鮮」の「発見」のプロセスと 「知」との関係を明らかにした。 「朝鮮」の発見は近代的な現象であり、知識人による価値の創出行為と深く関わる出来事で あった。近代以前の社会におけるこの石碑は、地域の宗教的・政治的文脈のなかに置かれてお り、「羊太夫」と呼ばれる、非業の最期を遂げた英雄の墓所とされるもので、あった。ところが、石 碑の新しい意味が知識人によって「発見」されて以降は、石碑自体の「渡来人」との関係や、 その「東アジア自り」な価値が見いだされて、従来とは別の文脈に置かれるようになっていったので"あ る。 「朝鮮」の「発見」は、「羊太夫之墓」から「多胡碑」へと、古い記号の機能が近代的な ものへと転位させられる過程で行われたものであり、それ以前の意味体系への否定の表現に他なら なかったのでらある。

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