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논문KCI 등재

나쓰메 소세키(夏目漱石)『행인(行人)』의 표현고찰 - ‘언설의 공백’을 중심으로-

A study on the expression of Natsume Soseki's 「Coujin」

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주제분류일본어와문학

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Abstract

從來多くの論者は『行人』に於て「一郞・二郞・直」をめぐる三角關係、そして一郞の自我、あるいは知識人の苦惱を解明すべき問題としてきた。が、小論は登場人物の言葉を分析して作品の言說ついて觸れてみることが目的である。  まず、一郞は言葉に內實があると考え、それに過不足ないことばを當てることが可能だと信じる言語觀を持つ。二郞は相手の言うことを一應認めなからも自分の位置は定まらない、つまり責任をとらない言語習慣を持っている。直は自分の意思は語らず沈黙と親しみ、特に夫に對しては他の人に與えるほどのことばを與えない口數少ない女性である。  この三者をめぐることばの事柄は、一郞にとって直は規定できない空洞であるし、二郞にとって直は多くの解釋に迷われてしまう有樣である。卽ち、言葉を交わすことが相互のコミュ二ケ-ションにはつながらなく、明瞭に說明されない部分が、むしろ相互の龜裂を大きくするのである。  又、作品全編の語りである二郞の言う、「今」と「其の時」というのがいつなのか明らかでない。Hさんの手紙についても同じ問題が言える。語る時點と語る情況が明かでない問題もことばの表現に關わる問題と言えよう。  以上見たように、「一郞・二郞・直」の間の言說と手紙の言葉の動きが說明されない空白と不安に支えられた有樣に注目して、『行人』の言葉の基本的性格は「空白の言說」ということが擧げられる。

참고문헌 (3)

  1. "漱石を讀みなおす" (1995), 精興社
  2. "漱石硏究 -漱石と家族" (1997), 翰林書院
  3. "國文學解釋と鑑賞" (2001), 學燈社

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