遠藤周作の『深い河』論 -たどり着いた<神>像-
A Study of Shusaku's Endo 'Deep river'
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초록
遠藤周作の『深い河』は、1993年6月純文学書き下ろしとして最後の純文学となった。遠藤は、初期文学から最後の作品に至るまでの一生をかけて貫いてきた自分の文学のあらゆる主題を『深い河』で明らかにした。彼の文学的テ-マであった<神>は、「深い河」の<神>として実を結ぶことになるが、なぜ「深い河」の<神>として実を結ぶようになったのかを探るのがこの論文の目的である。 『深い河』には、いろいろな人物が登場する。これらの人物は、会ったこともない初対面の人たちであるけれど、インドツア-という旅を通してお互いの人生に介入し、影響を与える人物になる。 作品の主人公である大津が直面している問題は「日本人の心に合う基督教」を探すことであった。キリスト教を信じながらも「異邦人問題」をずっと抱えていた遠藤は、日本の風土と東洋的思考をもっている大津を通して「日本人の心に合う基督教」を模索する立場を示した。そして、汎神論的な風土のなかでも受容できる<神>を探し求めようと努力する役割を与えた。その結果として<神は色々な顔を持っておられる。ヨ-ロッパの教会やチャペルだけではなく、ユダヤ教徒にも仏教の信徒のなかにもヒンズ-教の信者にも神はおられると思います>と語らせている。大津が語っているこの内容から遠藤が理解し求めている<神の姿>が見られる。 「深い河」は、唯一の絶対性を超えて何もかもが混在し、どんな醜い人間もどんなよごれた人間もすべて拒まず受け入れ、流れる河であった。これが日本で生まれ、日本で育ち、日本で生きてきた大津が探り出した<イエス>であり、<母なる神>の姿であった。だから、遠藤は<母なる深い河>で、キリスト教の<復活>と<転生>を結びつけることが可能だったし、全てを受け入れる母のような「深い河」の<神>としてたどり着いたのである。
참고문헌 (10)
- 遠藤祐, "遠藤周作『深い河』について", 第7回東北アジア․キリスト教文学会の発表 (1999)
- 遠藤周作, "ガンジス河とユダの荒野 In: 遠藤周作全集 第11巻" (1975), 新潮社
- 遠藤周作, "私にとって神とは" (1983), 光文社
- 遠藤周作, "イエス․キリスト" (1983), 新潮社
- 遠藤周作, "深い河" (1993), 講談社
- 遠藤周作, "『深い河』創作日記" (1997), 講談社
- 対談, "最新作『深い河』―魂の問題 In:「国文学」遠藤周作と加賀乙彦の対談" (1994)
- 仏教辞典, "中村元" (1989), 岩波書店
- 川村湊, "天竺にあにまを求めて", 国文学, 38(10) (1993)
- 高山鉄男, "『創作日記』解説", 三田文学, (夏季) (1997)
