芥川龍之介における藝術至上主義
“Art for art's sake” in Akutagawa Ryunosuke
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Abstract
芥川龍之介の「藝術至上主義」がよく表現された言葉を「人生は一行のボオドレエルにも若かない」という一行によって確認することができる。<藝術>を<人生>の上位に示そうとした彼の「藝術至上主義」的態度が伺えるのである。ところで芥川は「僕の作品を作つてゐるのは僕自身の人格を完成する爲に作つてゐるのではない」と語り、白樺派の武者小路實篤と有島武郞における「自己」の絶對化を志向する「人道主義」の藝術觀、大正期の私小說に對して否定的見解を示していた。また、「況や現世の社會組織を一新する爲に作つてゐるのではない」と語る彼の藝術觀は、明治期の木下尙江、幸德秋水などの社會主義者が「文學」のなかに「社會正義」を描くという「社會の爲の藝術」への批判であったと思う。また「唯僕の中の詩人を完成する爲に作つてゐるのである」と語っていたことは、散文藝術家であった芥川みずが永遠性を持った「詩人」を强く意識していたことをあらわすものと思われる。彼は<藝術>を「詩人兼ジヤアナリストを完成する爲に作つてゐる」とつけ加えており、芥川おける「詩人」と「ジヤアナリスト」の意味は彼の藝術觀におけるキーワードのように思われる。本稿では上の三つの問題を含め、彼が「藝術至上主義」の藝術觀を持つようになった契機をたどってみた。特に彼における「藝術至上主義」の起源を確認したと思う。すなわち<藝術>と<生活>に對する二元對立に苦しんでいた芥川の「藝術至上主義」に影響を與えたものを探すことによって彼の美意識の虛と實を探ってみたいと思った。最終的には「藝術至上主義」を自分における「信仰」として語っており、學生時代に影響を受けていた松浦の「藝術的救濟と云ひ文學の涅槃」という「先生」の「信仰」が、芥川に見られるような「藝術至上主義」的ものであったことを確認することができたと思う。
참고문헌 (6)
- 芥川龍之介全集第17卷, "、247頁。"
- 有島武郞 有島武郞全集第8卷, "、256頁。"
- 木下尙江 木下尙江全集第14卷, "、393-394頁。"
- 武者小路實篤 武者小路實篤全集第1卷, "、346頁。"
- 武者小路實篤全集第3卷, "、560頁。"
- 武者小路實篤全集第7卷, "、187頁。"
