横光の小説におけるルビづけの表現様式 - 日本語小説「形式」論への志向 -
A Style of RUBI as a Fictional Device in Yokomitsu- Riichi's Works
0
조회
0
다운로드
0
인용
0
참고문헌
키워드
초록
本稿では、横光利一(1898-1947)の小説のなかに見られるルビづけの表現様式を具体的に検討することを通して、昭和文学の劈頭を飾りつつ常に新しい小説言語を試みた横光的表現世界の特徴を探った。 横光利一の文学的評価をめぐる従来の研究においては、初期の文学に見られる「表現」重視の流れと、晩年の文学に見られる「思想」重視の流れとをそれぞれ分けて議論した論考が多く、その観点は、横光文学の評価をめぐる定説のように認められてきた。しかし本稿では、彼の小説を通読するなかで発見した表現世界の特徴を通して、「表現」をめぐる彼自身の考え方が晩年の「思想」文学の時代に至るまで非常に強く意識され、工夫されていたことを明らかにした。 横光の表現観は、文学が「文字」から始まる、という大前提から成り立っている。自然主義文学の表現伝統では、文字というのは現実を描くための単なる手段に過ぎず、「どのように」表現すべきか、という意識はあまり重要視されていない。それに対し、自然主義的表現伝統に対する強力なアンチテーゼとして登場した横光利一の表現観では、文学が成り立つための源泉である「文字」を、「どのように」活かすべきかということを強く自覚するところにすべての立脚点が求められている。そもそも文学(Literature)とは、「文字(literal)」の「学」なのであり、その観点からしても、「文字」に対する横光の強い自覚は、文学の本質をつく考え方だったと言える。 本稿では、そのような考え方をもつ横光利一が、実際に彼自身の小説のなかで「文字」の「形式」を「どのように」生かしつつ自分の小説世界を作りあげているかについて、主にルビづけの使い方やその表現様式を通して具体的に分析、考察した。その結果、横光が、「日本語」という「文字」のもつ象形文字としての特質を強く意識しつつ、常に「日本独特の形式論」を視野に入れた創作活動をしてきた工夫の痕跡を読むことができた。その点、横光利一が、日本の近代文学史のなかで、表現の革命という新しい文学の時代を主導しつつ、一時期には文学の神様と呼ばれた一つの要因ではないかと考えられる。
참고문헌 (9)
- "定本?光利一全集 全16卷+補卷" (1981), 河出書房新社
- "文芸?本 ?光利一" (1981), 河出書房新社
- 梶木剛, "光利一の?向" (1979), 文社
- 神谷忠孝, "光利一論" (1978), 文社出版
- 桑野隆ほか, "ロシア?アヴァンギャルド、フォルマリズム、詩的言語論" (1995), 書刊行
- 佐藤信夫, "言述のすがた わざとらしさの修" (1986), 土社
- T.トドロフ, "小?の記?? 文?と意味作用" (1974), 大修館書店
- 日本近代文, "日本近代文?大事典" (1977), 講談社
- "日本大?典刊行?編 日本?語大?典 小?館、1976年", ~ (1976)
