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安部能成の自己成型

Yoshishige Abe's self-fashioning : Until it becomes a professor of Keijo Imperial University

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주제분류일본어와문학

초록

敗戦後の日本でオールド․リベラリストとして知られた安倍能成。戦前、彼は京城帝国大学教授として15年余りの朝鮮経験をもつ朝鮮通の知識人でもあった。彼は第一高等学校から東京帝国大学へと進み、夏目漱石門下の気鋭の文芸評論家として自然主義文芸思潮が主導していた明治末に文学領域に登場する。その後はいわゆる「大正教養主義」をリードした知識人として知られている。安倍能成の朝鮮観については、以前から「植民者」という評価をもって批判されることが多かった。植民地の帝国大学教授という地位を考慮するならば、そのような評価が揺るぎないものとしてあるというのも妥当であろう。しかし、安倍能成が「植民者」であるという評価は、彼がどのような思想形成を経てそうなったのかという問題を看過する傾向がある。彼は四国の松山に生まれ、第一高等学校から東京帝国大学を経て、京城帝国大学教授や第一高等学校校長、そして敗戦後には幣原喜重郎内閣の文部大臣を務めるなど、いわば近代日本の学歴エリートのトップ․ランナーでもあった人物である。このような道程から考えても、現在、安倍能成という人物を問い直す必要がある。つまり、彼の思想形成は、近代日本の知識人のひとつの典型的な道程でもあるということである。以上の観点から、本稿ではこれまであまり注目されなかった安倍能成の少年期の思想形成に注目し、その思想形成とやがて浮上する植民地の問題がいかに関わり合うことになるのかを考える契機としたい。

참고문헌 (2)

  1. 安倍能成, "安倍能成選集 全5", pp.246~248 (1997), 日本書センタ
  2. 中根隆行, "安倍能成と京城帝大", (21) (2006)

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