「転換点」の正性をめぐって-村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』試論
The turning point in Haruki Murakami's works : The structure of The Wind-Up Bird Chronicle
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Abstract
本稿は村上春樹(1949- )の小説『ねじまき鳥クロニクル』(1994~95)のテクスト構造を分析することに主な目的が設定されている。従来、当該小説は、村上作品におけるある種の「転換点」として位置づけ評価されてきた。それは、作品が社会に対して有する性質を表現した“「デタッチメント」から「コミットメント」への移行”という村上自身の自己規定に由来するものでもある。当該小説を以って、村上春樹の作品は社会․他者に向き合うようになったと見なされる傾向にある。しかしながら、村上によるこの規定を括弧入れし、テクストの構造とそれが提起された時代情況のみを分析の対象とするならば、必ずしもそうとはいえないことが予想される。 そこで本稿では、(1)テクストの提起された1990年代の日本の言論空間の変化と、(2)村上春樹のテクストの構造における変容とを明らかにし、この2点の不/交差を捉えかえすことを梃子として、「転換点」評価が孕む誤謬の指摘を試みている。1990年代に日本の言論空間に起きた他者と向き合おうとする「歴史認識」をめぐる議論の浮上と、やはり同様に90年代に起きた村上作品における他者や歴史․社会の組み込みといった変容とは、一見並行性を示しているかに思われる。しかしながら、本稿の分析によれば、個別のエピソードとして他者と社会へ多元的にひらかれたかのように見える物語構造は、それまでの村上春樹のテクストの質を大きく転轍する可能性を包蔵していたものの、最終的には総体として紋切型の自己円環的な構造に、見かけの他者性․多声性は回収されてしまっていることが明らかである。本稿は、そこにテクストとしての『ねじまき鳥クロニクル』の限界点が胚胎していると判断することにより、当該テクストに「転換点」を積極的に見出すことはできないと結論するものである。
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