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근세 조일 외교의 동상이몽-1636년~1682년 통신사 사행시 일본 측의 의복 예단과 그 의미

A study on the meaning of clothes gifts from Japan -from the viewpoint of the different purposes of diplomacy between Korea and Japan in 1636~1682

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本稿は、朝鮮後期における通信使訪日の際、日本の将軍が朝鮮の国王に贈った礼單のなかに含まれた衣服の意味を、「東アジアにおける冊封体制と衣服賜与」 という歴史的な文脈において照明することによって、両国間のみえない緊張感と葛藤の一面をとらえようとするものである。壬辰倭乱・丁酉再乱(文禄·慶長の役)と徳川幕府の創建、明・清交替へと立て続く17世紀の東アジアは、明を中心とする従来の国際秩序が崩壊し、新しい体制と国際秩序が模索される転換期であった。この時期に朝鮮と日本は倭乱の戦後処理という問題を外交的現案として国交を再開し、1636年以来は両国の間に信義を通じるという通信使が派遣されるに至った。朝鮮後期の朝日関係は、基本的には朝鮮の国王と日本の将軍の間の対等関係であり、表面的には善隣友好の交隣関係が続いた。しかし、対等関係を標榜する朝日両国間の外交の水面下には各々自国を中心にして相手を見落とす認識が根強く、内面的には対立と葛藤が繰り返されたのは実状であった。このように、明・清交替以後、脱中華していく過程にあらわれる自民族中心主義はついには近代日本の朝鮮侵略へつながる火種をかかえていた。朝日の間におけるこうした微妙な葛藤関係は、通信使行の訪日の時、将軍が朝鮮の国王に贈った国書別幅のなかの衣服礼單を通して読み取ることができる。1636年と1682年使行の時、日本が贈った国書別幅には衣服が含まれているが、従来の東アジアにおける歴史的な文脈から考えると、外交儀礼である国書別幅をとおして相手の国王に自国の衣服を贈るというのは非常に無礼な行為であるからだ。中華を中心として構築された東アジアの伝統社会において中華の衣服は 「先王の法服」 と認識されて儒教的文明性を象徴するもっとも具体的な表象であった。しかし、異民族が先王の法服を着用するには冊封という国家間の政治的装置が必要だったので、こうした場合、先王の法服とは権力関係の標識でもあった。こうした経緯から異国の衣服を着用したり、あるいは贈ったりするのは非常に政治的な意味合いを持っているのである。こうした歴史的な文脈からみると、日本側が通信使を通して朝鮮国王に贈った衣服礼單は当時日本の対朝鮮観を象徴するものと理解される。要するに、日本側は 「尊敬」 の意味であるという言い回しで衣服を贈ったが、実は皇帝国が臣下国へ衣服(冠服)を賜与した東アジアにおける外交的な慣習にみたてて朝鮮を朝貢国として扱おうとしたのを意味するのである。特に17世紀前半の朝鮮は2回にわたった胡亂によって既存の秩序体系に変換が要求されている時点であったために問題は一層重大である。当時、朝鮮は明の衣服制度を維持していることに文明的優越感を強くもっていたので、そうした無礼に対して朝鮮側は異議を述べたが、結局は穏便に済ました。女真族の勃興による北方の軍事的脅威から南方の日本との平和関係を維持する必要があったためであった。日本側は東アジアにおける衣服の政治性からまるではなれているかのように朝鮮に衣服を贈りながら表面的には 「尊敬」 をあらわしたが、その裏には蔑視が含まれている。一方、朝鮮側も、日本を野蛮または夷狄といいながら日本を無視したが、実際には北方の軍事的脅威を牽制するために强硬な態度をとれず、回避してしまった。

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