『和泉式部日記』考 - 女の魅力 -
The charm of the woman drawn on the Izumishikibu
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초록
『和泉式部日記』には、「女」と「宮」、男女二人が主人公として設定されている。 本稿では、この二人の身分不釣合の忍びの恋において、作品に見える漢学や和歌など、文才のある敦道親王の心を奪ったであろう日記に描かれた「女」の魅力を探ってみたい。 日記全編を通しての女の人間像は多情な浮気女のイメージである。女の周辺には、常に近寄ってくる多くの男性の存在がいる。そして女の所は男たちが多く通っていると噂される。実際、宮が女の所を訪れると、誰か男の車が来ているような疑惑の場面もある。その結果、女は宮の言葉による多情な浮気女の噂を聞かされる。それゆえ、噂に苦しむ女の姿が描かれる。 一方、日記には挑戦的、積極的、情熱的、誘惑的な女性像が描かれているが、その場面には和歌が詠まれており、和歌をとしてのイメージであることが注目される。なお、女は、自分自身に対して冷静な自意識を持っており、情熱的な和歌を詠む反面、地の文を通しては自分の感情を押さえ、相手のことを気にする控え目な性格が見られる。 そして、女は宮より年上の恋人で気弱い性格の宮が頼ってきてあれこれ語ったり、厭世を表明したり、心打ち明けて慰められる母性愛を感じさせる存在でもあった。女は仏道への関心が高かく、出家への願望も強かったが、結局は世を捨てきれず、宮廷に入る。そのような出家意識や死に対する思いが女の「物思ふ」姿につながり、宮との共感を生む思想でもあり、女の魅力であったと考えられる。 日記全般を通して宮の目から見た女の素顔は、宮の心を引き付けた歌才であり、「物思ふ」姿である。それは主人公の女が、つまり和泉式部自身が宮との恋のいきさつを書いたこの日記で宮に最も認めてもらいたかったのは自分自身の歌への情熱、歌才であったからではなかろうか。またそれは女が自ら描いたこの作品の一つの意図ではなかろうか。
참고문헌 (9)
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- 木村正中, "論集 日記文" (1991), 笠間叢書
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