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한국의 울릉도・독도개척사에 대한 일본의 조작행위* -川上健三와 田村清三郎를 중심으로-

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주제분류일본어와문학

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本研究は19世紀後半韓國政府が日本の鬱陵島および獨島への侵入を備えて開拓を行ったが、戦後日本は独島の領有権を確保するために独島の管理は全くなく鬱陵島においては韓国領土としての管理が消極的であったとして独島の領土的権原を造作している。本研究は川上健三と田村清三郎を中心として分析したものである。その理由はこの二人が戦後竹島が日本の領土であるという論理を造作した者だからである。研究構成についてはまず、近代朝鮮が行った鬱陵島獨島の再開拓の實體について考察した。第2に、近代朝鮮が行った鬱陵島の再開拓の事実を歪曲してむしろ日本領土としての権原のみ存在するとした造作行爲を究明した。第3に、大韓帝國が日本の領土侵略から国土を守るため行った獨島の開拓および行政措置に対する日本の造作行爲を究明した。本研究の結果として、近代になって鬱陵島を開拓した島民は鬱陵島から見える獨島を生活場として活用していた。つまり鬱陵島韓民が独島まで往来したということである。それで島の形象から独島という名が生まれた。独島というのは石でできた島という意味である。大韓帝国はこのような認識で勅令41號をもって鬱陵島、竹島とともに「石島」を領土の一部として行政措置をとったのである。前近代においても朝鮮朝廷は鬱陵島を空島政策をもって空にしていたが、東海に于山島と鬱陵島となる2つの島が領土として存在するという領土認識をもっていたのである。このような認識は近代になって日本の侵略に備えて鬱陵島はもちろん今の独島に対しても領土認識をもって行政措置をとっていたのである。にもかかわらず、川上健三と田村清三郎をはじめとする日本側は戦後から現在まで独島に対して領有権を主張するために上述したような韓国の鬱陵島における実効的管理を否定して竹島が日本の領土であるという論理を造作した。川上は鬱陵島について当時の朝鮮は空島政策をもって島を廃棄したのを日本が管理していたが、幕府の外交政策の失敗で韓国に奪われたと論理を造作した。独島については日本人が先に1903年から独島で海驢漁をおこなった。韓国人は日本人に労働力として雇われてからはじめて独島を知ることができたとし、日本が韓国より先に独島を実効的に管理したという論理を造作した。田村は独島のみを扱っているが、その認識は川上の論理と同じく竹島の日本領土論を造作した。

참고문헌 (21)

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