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韓国における「武の精神」·「武士道」の誕生 - 花郞と武士道との結び付きへの批判的省察 -

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주제분류철학

초록

이 논문은 신라 때 발생한 花郞·花郞徒가 언제부터 왜 「武의 精神」·「武士道」와 결합되어, 더욱이 「花郞道」로 새롭게 조어되어 유포되었으며, 또한 사상적으로 왜곡 선전되기 시작했는가를 재검토해가면서, 그 역사적 의미를 비판적으로 성찰해보는 것이다. 보통 한국은 「文의 나라」로 불리며, 「尚武」나 「武의 精神」·「武士道」가 강조되는 데에 저항감을 갖기도 한다. 그러나 지금 만일 한국에서 「武의 精神」·「武士道」를 논한다면, 우선 타민족인 隋와 싸워 승리한 高句麗의 乙支文德 장군이나 임진왜란기 이론과 싸워 승리한 武将 李舜臣 등에서 보여지는 韓民族 내부의 흐름, 또 하나는 일제식민지기에 일본의 「武·侍(사무라이)」로부터 영향 받아 형성된 외래의 흐름이라는 두 가지를 생각할 수 있다. 여기에다 일본의 무사도가 오히려 한국에서 전래라고 하는 주장도 있기에 이것 또한 하나의 흐름으로 간주한다면 일단 세 가지의 계통을 상정할 수 있다. 종래 학계에는, 일제식민지기는 물론 해방 이후 이승만과 박정희기를 거쳐 현재에 이르기까지 많은 화랑 관련 연구가 나와 있다, 그만큼 사회적으로나 국가적으로나 지대한 관심거리였다는 것을 중명하고 있다. 그런데, 종래 한국의 「尚武」나 「武의 精神」․「武士道」를 논하는 경우에는 高句麗の乙支文德이나 朝鮮時代의 李舜臣 등의, 이민족과 싸운 장군들의 「武의 精神」이 강조된 것이 아니었다. 다시 말해서 백제, 고구려라는 한반도 내부의 동일민족끼리 싸워 승리한 신라의 「花郞」․「花郞徒」가, 특히 「일제식민지기」에 선별적으로 적극 연구, 논의되기 시작했다는 점에 주목해볼 필요가 있다. 요약하여 말한다면 일제기에 화랑은 내선일체를 위한 도구적 가치가 인정되어 「花郎道」로서 재창출되고, 해방 이후에는 이승만에 의한 국가재건、박정희 정권하의 南韓․慶尙道 정권의 정당성을 보증하는 논리로서 활용된다. 즉 이선근에 의해 화랑도는 한국 상무정신의 표본으로서 선전되었다. 이후 현재에 이르기까지, 종래의 연구를 비판하는 형태로서 많은 연구가 이뤄져 왔다. 이 흐름은 기본적으로 다음과 같다: 花郎․花郎徒→花郎道=武士道⇒오늘날의 花郎道. 花郎․花郎徒는 종교적, 예술적, 군사적 등등 다양한 면을 가졌다. 그럼에도 불구하고 오직 「武의 精神」․「武士道」이라는 한쪽만을 강조하여, 왜곡되어 논의되어 왔다. 이 연구에서는 이러한 사실들을 재검토하면서, 花郞, 花郞徒, 花郞道를 비판적으로 성찰해보고자 한다.

Abstract

本稿は、韓国の新羅期において発生した花郞·花郞徒が、どのように、「武の精神」·「武士道」と結び付き、さらに新造語「花郞道」と読み直されたかを検討し、それを批判的に省察するものである。 普通韓国は「文の国」と称され、「尚武」や「武の精神」·「武士道」が強調されることについてやや抵抗感を受ける人もいるであろう。しかし、今ここで韓国の「武の精神」·「武士道」について論じるのであれば、まず、他民族である隋と戦って勝利した高句麗の将軍乙支文德(ウルチムンドク)や朝鮮時代の壬辰の亂で日本軍と戦った武将李舜臣(イ·スンシン)などに見られる、韓民族在来のものと、日帝植民地期における日本の「武·侍」の影響により形成された言わば外来のものとの、二つの流れを考えなければならないであろう。ところが、映画《サウルアビ》において提起されさまざまな議論を呼んだ「百済滅亡後に日本に亡命してきた「サウラビ」が侍の原形になったという主張(日本の侍は百済時代のサウラビが原型である説)」のように、むしろ日本の武士道は韓国から伝わったものではないのか。これまでの研究においては、「日本の武士の原型は新羅の花郎である」という議論もあるし、さらに現代武道団体においては花郎·武士道を廻って知的財産権争いもある。この点を考えると、先述した二つ以外のもう一つの流れも可能であろう。が、何れもそう簡単に結末が付く問題ではない。 さて、韓国の「尚武」や「武の精神」·「武士道」を論じる場合、高句麗の乙支文德や朝鮮時代の李舜臣など外国·異民族と戦った武将の「武の精神」が強調されるのではなく、百済·高句麗といった韓半島内部の同一民族同士との戦いで勝利した新羅の「花郞」·「花郞徒」が選別的に取り上げられ、特に「植民地期」に、積極的に研究·議論され始めた。さらに「花郞」·「花郞徒」は、いつの間にか新造語「花郞道」に変えられた。果たしてそれは何故だろうか。これらの点についてすでに触れたこともあるが、韓国における「武の精神」·「武士道」の誕生を、花郞と武士道との結び付きに絞って論究するには、資料や観点などまだまだ不振なところが数多くあるように思われる。 「花郎道」は、日本の韓国植民統治期において、韓国古来の戦士·武士の伝統を踏まえた上で「武の精神」·「武士道」などとの関わりが求められる際、日本の武士道の類推から近代の新造語」として誕生した。さらにそれは、解放以後の李承晩による国家再建のために、朴正熙政権では南韓·慶尙道政権の正当性の裏付けの政治的利用のためという計算により認められ、新たに読み直され、韓国の尚武精神の標本として宣伝されながら、現代に至った。その流れは次のようになる:花郎·花郎徒→花郎道=武士道⇒今日の「花郎道」. 花郎·花郎徒は、「武の精神」·「武士道」という片道だけではなく、多様な側面·特徴を持つ。従って、これからの花郎·花郎道の研究は、韓国における「武の精神」·「武士道」の誕生の明暗を十分踏まえて、その読み·捉え直しを進めていく必要がある。さらに東アジアにおける「尚武」·「武の精神」の顕彰が如何なる意味を持ってきたのかについても視野を広げて行かなければならないであろう。

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