1910년대 『조선』(『조선급만주』)의 문예면과 ‘식민 문단’의 형성
1910年代の『朝鮮』(『朝鮮及滿洲』)の文芸面と「植民文壇」の形成)の文芸面と「植民文壇」の形成
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この論文では1910年代の植民地朝鮮における雜誌『朝鮮』(『朝鮮及滿洲』)の位相を念頭において、とくにその雜誌の文藝面を中心に當時の朝鮮內の日本語文學に関して考察しようとした。文學がもつ言語の規定性という側面からみたとき、『朝鮮』の文藝面は同一の誌面に構成された他の日本語知識に比べて朝鮮という特定の場所に拘らない特性があった。そうしながらも、當時、朝鮮語の壓倒的な現實において、「日本語の權威」を保たなくてはならなく、新たな帝國の版圖に対する經驗を通じて創られた情緖や感情の所産として「內地」の文學界から自由になれない植民地という「邊方」の企劃物であった。それは『朝鮮』の文芸面が帝國の形成期に「移住」を通して新たな日本語の共同體が摸索され創造された空間であったことを意味するのである。この論文ではそれが雜誌『朝鮮』の文藝面ではどのように具現されたのかをとくに小説や散文などを中心に考察してみた。『朝鮮』(『朝鮮及滿洲』)では「帝都の朝鮮觀」云々とした文章がよく散見されるが、これは少なくとも朝鮮に居住する日本人すなわち自らの朝鮮觀との差異を前提しただけではなく、また「帝都」の視線によって他者化された自己の認識によるものであるといえる。一方、文藝面(とくに小說欄)の「東京」と表象された「内地」に対する関心も高まっていった。それは「邊方」文壇としての位置に自己を定義するためのものである同時に、日本語を通しての共通感覺と日本語によって再現される日本および日本人に対する美的趣向から「內地」と朝鮮(あるいは滿洲)の間の差異を無化させる意圖から始まったものでもあった。そのような時期に「京城と文學的運動」といった植民の文學史に値する回顧が出ることがてきた。その回顧は自らの文学の起源を探索する同時に新たな文學史の展開に対する期待を含意するものであったといえる。
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