「文末ものだ」小考 -意味分類를 中心으로
A Study on 'Monoda' in the Ending of Sentences
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Abstract
本論文は現代日本語における「文末ものだ」の意味用法および分類について考察したものである。 「說明のものだ」は「前説ものだ」「ものだ文」「後説ものだ」などに分けられる。「前説用法」は,ものだ文の前の文で起ったこと、事件、状況、事情または、特定語(單語、古事成語、固有名詞等)に對して、より具體的にくわしく說明をする。また、文頭に指示詞「それ(は,が)~」「この~」「その~」等と文末に「~というものだ(ものです)」等の形式が多く見られる。「ものだ文用法」は、新聞社說、論說文等にとても多く見られ、「~という(も)のは」「~とは」形式が多く、文末に「~というもの(だっ)だ」「~といったものだ」「~といわれたものだ」等も多い。「後說用法」は、筆者(作者、話し手)が、ある對象や人に對して言及したり、話したりしながら、 筆者(作者、話し手)の立場に代わって引用文式で人の言葉を利用したりしながら說明を加えることである。「~言ったものだ」と「~語ったものだ」形式が大部分である。「一般的傾向性用法」は、主語(主題)の省略がないし、主語(主題)の大部分が人と關聯されたものである。すなわち、「人間は~」「人は~」「男は~」「女は~」「おれ(われわれ)は~」「(男)というものは~」「(女)というものは~」等で始まった形式がたくさん見える。「一般的に~するものだ」「たいてい(は)~する傾向(性)がある」等で解釋される。「斷定(主張)用法」は、シナリオ臺本に多く見られ、文末に「~(よ)うとするものだ」「~まいとするものだ」「~(た)るもの(もん)だよ」「~もんですぞ」「~ものなんです(よ)」等の形式が多い。また「~五段動詞の可能動詞化されたeるものだ」「~しうるものだ」「~できるものだ」等を使ったりして表す。「詠嘆․感嘆․驚き用法」は、「主語(主題)」がない、とても短い文が多いし、文頭に「よく」「まったく」「なるほど」等の「副詞」が多く見られる。同じ副詞の反復(「やはり、よく、ずいぶん、なるほど等」)も多く、シナリオ、戱曲等に多く見られる。「回想用法」は、筆者(話し手)が過去のこと、習慣、事項(事態)に對して(感嘆すべき)記憶や戀い慕う心を込めて回想する。副詞「よく」「いつも」「かつて」等と名詞「こども」「むかし」「當時」等が多く見られる。「當爲用法」は、文が簡潔で短い。文での副詞との呼應が少ない。また筆者(話し手)が相手方(聞き手、讀者)に訓示するような內容が多い。特にシナリオ臺本等では 話し手(筆者)の意志が主張、强調、命令に近いほど相手方に傳えられる。 上の「說明」「一般的傾向性」「斷定(主張)」「詠嘆․感嘆․驚き」「回想」「當爲」等六つの意味は「(社會)一般的なもの」と「個人的なもの」とに分られる。「(社會)一般的なもの」にはこれら六つのすべての意味が含められるが、「個人的なもの」には「一般的 傾向性」を除いての六つが含められ、兩者とも「人と關連された主語(主題)」が多い。
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