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別れる理由 漱石の倫敦テクストが語るもの

Soseki's thought in London

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주제분류일본어와문학

초록

Abstract

漱石が始めて公にした文章である「倫敦消息」や渡航․イギリス滞在中の日記․や書簡などからは「西洋」=「文明」に対する漱石のアンビバレントな姿勢が浮かび上がってくる。 漱石は目にする「西洋」を常に数量化し日本との比較において優劣をつける傾向を見せていて発展至上主義的進化論的価値観を覗かせている。その時の漱石の劣等感は西洋によるアジア差別的認識を内面化したものであった。漱石は日本という主体が希薄化することを恐れ、西洋に「追い付」き西洋を「敬服」させたいという欲望をもつようになる。漱石が陥った「黄色い」という自己認識はイギリスにおいて始めて作られたものであり、それは他者との出会いこそが「自己」確定のきかっけとなった「近代」という時代に漱石がいたことを示す。漱石の警戒意識は強い自己尊大意識と他者にたいする意味解釈の過剰ゆえのことだったが、「自己」確立への欲望を持つようになった漱石は以後、「西洋」に「文学」で対抗することを考える。漱石テクストに繰り返し西洋=文明批判が登場する様になったのも、その結果と見るべきである。

참고문헌 (6)

  1. "文化と帝國主義" (1998)
  2. "近代とはいかなる時代かモダニティの歸結" (1993)
  3. "民族という虛構" (2002)
  4. "日本思想という問題 譯と主" (1997)
  5. "漱石とイギリス どのイギリス?", 朝日新聞社,1998
  6. "病よ去れ惡疫と呪術と 術" (2001)

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