현월『그늘의 집(蔭の棲みか)』의 ‘그늘’의 실체
A study of Gengetsu's “Kage no sumika”
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초록
本論文は、在日二世である玄月の芥川賞受賞作品である『蔭の棲みか』に表われている「蔭」の実体について考察したものである。とくに主人公・ソバン及び<大阪市東部>という空間の意味を考察したうえ、タイトルの意味を明らかにした。「蔭」は蔭を作る実体があってからこそ生じるものである。作品『蔭の棲みか』はそういう「蔭」の実体を形象化したものではなく、その実体を逆照射している作品である。ここでいう「蔭」とは、「在日朝鮮人集落」ないし在日二世主人公のソバンのことを示していることがわかる。とはいえ、その「蔭」は、在日一世の朝鮮的なもの、民族的なものではなく、在日二世が根を下ろした在日社会を象徴的に表わしている。また、「在日朝鮮人集落」の内部の人であるソバンにとっては、肯定的空間の「蔭」、外部の人である日本人警察にとっては在日社会という否定的「蔭」を意味している。そして在日社会に対し否定的視線を持つ日本社会への、その実体を反問しているのが、ほかでもない『蔭の棲みか』である。要するに『蔭の棲みか』は、外部と内部を厳密に区別する日本社会において、周辺でもあり外部でもある「在日朝鮮人集落」または主人公・ソバンが、中心である日本社会に向けて加える力を鮮明に描いている。そればかりではなく、「在日朝鮮人集落」も朝鮮人から中国人へ、その居住人が変わっているように、内部はいつも内部として止まることなく、外部はいつまでも外部として止まらないことを、作品『蔭の棲みか』は表出している。ところが、この作品が「蔭」を作った不条理な日本社会を「告発」している作品であるとは言いがたい。むしろ、よりよい日本社会を作ろうとする、在日二世作家の念願が含まれている作品であると考える。こういう意味合いでも、<大阪市東部>というのは現在する実地を表現しているのではなく、周辺である在日朝鮮人、ひいてはマイノリティの生き方を描くための「虚構」の空間であるのが「蔭の棲みか」であると言えよう。
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