大正デモクラシの家と主論
The State Theory and Sovereignty Theory of Taisho Democracy
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초록
本論文は、大正デモクラシー運動を牽引した代表的な思想家たち、具体的にいえば、憲法学における美濃部達吉、政治学における吉野作造、大山郁夫などの国家観と主権論を分析することを通して、大正デモクラシーの思想史的な意味を究明することを目的とする。 既往の研究史において、大正デモクラットたちが主張した憲政の民本主義化は、絶対主義的な君主大権主義との対抗関係のなかで、取り上げられるのが一般的であった。民本主義はその深部において民主主義を秘めていたにもかかわらず、当時の立憲状況を考慮して、つまり、君主主権に拘泥する藩閥官僚勢力との不毛な政治的摩擦を避け、憲政の実質的な民主化をもたらすため、デモクラットたちは意図的に主権論を回避したというのである。ところが、彼らが主張した民本主義は、必ずしも国民の政治的自由の拡大を一次的な目標としているものではなく、自由権の拡充も、主に国家的隆盛の一手段として考えられていたにすぎなかった。 立憲政治の意義を国家的発展の文脈で思考するデモクラシー論のあり方は、人間の社会生活と国家生活を同一視する民族共同体的国家観に由来していた。大正期にみられた広範囲にわたる国家有機体説への共感も、人間と民族社会を不可分な有機的関係として思い描く共同体的国家観に、その原因があった。こうした国家観と人間観に立脚するデモクラットたちが、社会と国家を分離し、国家を個人の人為的契約の産物と位置づける契約説的国家観に反感を抱くのは、当然であったといえる。 大正デモクラシーの主権論は、上のような共同体的国家観から出発するものであった。君主や国民に対する民族社会の優位を説く彼らの主権論は、「部分に対する全体の絶えざる優位」、いいかえれば、君主や国民に対する民族共同体の価値的優位によって、その正統性を確保していた。だから、そこから導き出されるデモクラシー論は、君主主権はいうまでもなく、国民主権をも予想しない、否、むしろ拒否するものであった。民本主義は、従来の研究が前提としてきたような君主大権論者との論戦のための戦略的レトリックなどではなく、契約説的国家成立説の提示する手段的国家観に対する違和感と、民族共同体的国家観に立脚する主権論から帰結する論理必然的な結論であった。大正デモクラシーが、市民社会の立場から国家を撃つ、「市民社会対国家」の構造ではなく、「民族社会対国家」の対立構造をもつ理由も、民族社会の価値的優位を自明の前提とする彼らの国家観に基因していた。本論文においては、従来の研究が看過してきた、こうした大正デモクラシー思想の両面的な性格と政治的機能について考えることにしたい。
