金史良의 『天馬』에 나타난 탈식민주의 연구
A Study on Postcolonialism Seen from the Point of View of kim sa ryrang' "Chun ma"
0
조회
0
다운로드
5
인용
0
참고문헌
키워드
초록
Abstract
金史良の日本語の小説の中で朝鮮を背景する作品は二つ作品群で大別することができる。すなわち、「土城廊」(『文芸首都』1940.2)、「箕子林」(『文芸首都』1940.6)、「天馬」(『文芸春秋』1940.6)、「草深し」(『文芸』1940.7)などの作品と「泥棒」(『文芸首都』1941.5),「山の神々」(『文芸首都』1941.9)、「ムルオリ島」(『国民文学』1942.1)、「天使」(『故郷』1942.4)、「月女」 (『故郷』1942.4),「乞食の墓」(『文化朝鮮』1942.1)などの作品の分類がそれに該当する。こんな分類ができるのは前者の作品群が植民地の朝鮮の現実を正確に描いているのに比べて、後者の作品群は苛酷な時代状況ため現実逃避的な性向を明らかに表出させているからだ。 前者の系列の作品は平壌の貧民窟で生死の岐路に立っている下層民の絶望的な生を描写しているか(「土城廊」)、日帝の植民地政策に向かってものすごい批判を加えているか(「草深し」)、日帝の同化論理におぼれている醜悪な朝鮮人とそんな朝鮮人だけで朝鮮人の民族性を規定している日本人に対して批判する(「天馬」)ような性向を明らかに見せている。金史良は大学の時代の同人誌『堤防』で、朝鮮の現実を正確に描写してみたいと言いながら、“どれ位 正鵠に把握出来るか、どれ程真実ある形象化が為されているか、俺には全くおつかない。精一杯努力してみるだけである。泥、小屋、土城廊、百姓、学生、青 年、何一つ描かずにおれぬものはない”と自分の作家的な態度を告白した。 こんな点を勘案したら、植民地の朝鮮の現実を題材にして、被支配民族の朝鮮人の悲惨な生を描いている前者系列の作品は作家としての出発点で指向してあった金史良の作家精神をもっとも充実に具顕したものでみることができる。また、“朝鮮の文化や生活や人間をもつとひろい内地の読者層へ訴え出るという動機、叉謙遜な意味で云えば引いては朝鮮文化を東洋や世界へひろめるためにその仲介者の勞をとりたいといふ動機”と言う創作の意図にいちばん符合しているというこができる。 こんな点を念頭においたら、「天馬」は金史良の作品にあって、もっとも問題的な作品で見ることができる。その理由は「天馬」が日帝によって流布されている劣等な朝鮮人の民族性という欺瞞的な規程に対して積極的な対抗談論を試図しているためだ。植民地の状況というものは一方では、植民地的な支配と統制の条件のなかで被支配民族が発展的で開化することができるという一つの目的論を提示する。しかし、ほかの一方では劣等な人種主義を流布させて、差別的で権威主義的な形態の政治的な統制が適合するというのを被支配民族に注入させる。したがって植民地の住民はそんな体系の原因と結果として看做させられて解釈的な循環のなかで拘禁されてしまうのである。 「天馬」はこんな植民地的な体制がもっている兩価的な矛盾をみのがさなくて描写してある。そのために日帝に対して高度に緻密な対抗談論を表出させている脱植民主義を指向しているとみることができる。 以上の論議を通じて「天馬」はたとえ日本語の作品と言う濃い惜しさを残しているが、それにもかかわらず、韓国の近代文学史の暗黒期において一筋の光のような作品だと言える。そして金史良が日帝の植民主義に対してどのくらい強い批判意識を持っているかを見当つけることができる。
참고문헌 (12)
- 김윤식, "한일문학의 관련양상" (1974)
- "戰爭文學の展望 昭和文學硏究" (1952)
- "在日朝鮮人 日本語 文學論" (1991)
- 강상중, "오리엔탈리즘을 넘어서" (2004), 이산
- 현대문학이론, "현대문학이론 연구회 문학과 지성사" (1989)
- "사회주의 리얼리즘" (1987)
- 미셀푸코,, "감시와 처벌-감옥의 역사" (2003), 나남
- 미셜제라파, "소설과 사회 문학과 지성사" (1983)
- 예르하르트 욘, "마르크스 레닌주의 미학입문" (1989)
- "맑스주의 문학개론" (1989)
- 야누스, "挑戰으로서의 문학사 문학과 지성사" (1983)
- 호미 바바,, "문화의 위치: 탈식민주의 문화이론" (2002), 소명출판사
