戰後日本外交史における「文化外交」硏究 -1960年代を中心に-
“Cultural diplomacy” research in Japanese diplomatic history in postwar-In 1960's
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戰後の日本のイメージが、「フジヤマ、ゲイシャ」から「トランジスターのセールスマン」「エコノミックㆍアニマル」「日本株式會社」「商人國家」へと変わりながら、金儲けだけに突っ走る國といった、やや否定的なイメージが國際社會に定着していた時期を思い出すと、今日の「クルㆍジャパン」の世界化には隔世之感を感じざるを得ない。世界中で一國に對する國のイメージが數十年の間に、こんなに変わっていった例が、果たしてあるのかという氣もするが、確かに今文化の面で日本という國の「品格」が上向きにあることは事實である。経濟大國日本があれほど願っていた國の「品格」向上が徐々に現實化されつつあるのは、いうまでもなくソフトㆍパワーの强化に力を入れてきた結果である。國力や國のイメージを決めつけるにおいて、政治ㆍ経濟ㆍ軍事力といったハードㆍパワーよりも、文化や制度の魅力、イデオロギーのようなソフトㆍパワーが大事であることを、戰後日本はどこの國よりも切實に感じたからである。 しかし、日本が日本文化の世界化を含めたソフトㆍパワーの强化を、國をあげて本格的に叫び始めたのはそれほど長くない。にもかかわらず、その基盤となる文化力の培養とそれを外交の主要な柱として戰略的に推進したのは、戰後の復興に成功した50年代からである。その頃からすでに日本政府は、政府と民間による官民一致の協力体制の必要性を强調しながら、経濟協力の支持基盤の强化と日本文化の世界への伝播を核とする文化外交の方向性を確立した。そして、1960年代になると、その方向性は世界の注目と非難を一身に浴びた高度経濟成長の経濟力を背負って、日本外交の新しい動力として徐々に力を付けていった。本稿では第一部の論文に續いて、1960年代を中心に、日本の高度経濟成長と國際社會における日本の地位変化、それと伴って活發に推進される對外経濟協力の推移、その過程のなかで日本外交のもう一つの柱として比重を高めていく文化外交の展開過程、そして、その成果と時代的効果などを具体的に分析した。
참고문헌 (16)
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