논문KCI 등재
경성의 일본인 극장 변천사 ―식민지도시의 문화와 ‘극장’―
0
조회
0
다운로드
23
인용
0
참고문헌
키워드
주제분류일본어와문학
초록
植民地時代の京城における日本人劇場はどのような文化的位置を占めたのであろうか。文字解得力のない大衆やメディアの発達が十分でなかった当時の「劇場」というのは、他のメディアのなかでも最も重要な文化媒体であった。このような性格によって劇場は必然的に「資本」と帝国の「文化権力」の影響の下に存在するしかなかった。 演劇研究において劇団、公演レパートリー、上演作品のテキスト研究など多様なアプローチが可能だが、本稿では特に「劇場」という空間―建築物としての劇場―に焦点を当て近代的メディアの主な部分として再照明しようとした。さらに日本人劇場の形成と変遷の過程に注目し、「帝国日本」の文化権力が劇場の領域でどんなに具現されたのか、また帝国膨脹の歴史のなかで文化が担当した役目とその実態を明らかにすることを試みた。そのために京城における日本人の劇場を取り囲む多様な文化表現の生成とその過程を明らかにした。そこで「劇場」を帝国権力の文化的波長の中、様々な文化的躍動性が生成される空間として把握し、帝国日本の核心的な近代メディアとして登場したのである。結局、京城における日本人劇場は、「新到来者」らが作り出した文化空間である。そこは「帝国」の文化の境界を出入りし、均質性と非均質性の緊張を引き起こす領域となった。そして京城の南部地域に日本風の劇場名を付けた劇場には演劇と活動写真が上演され、様々な文化移動の場所として成立していた。
참고문헌 (17)
- 유민영, "한국근대극장변천사", pp.21~182 (1998), 태학사
- 홍선영, "1910년 전후 서울에서 활동한 일본인 연극과 극장", 일본학보, 56(2) (2003)
- 박노현, "극장의 탄생", 한국극예술연구, (19), pp.7~39 (2004), 한국극예술학회
- 다카사키 소지, "식민지조선의 일본인들", pp.3~ (2006), 역사비평사
- 박노홍, "한국극장사 in : 박노홍의 대중연예사 1", pp.150~ (2008), 연극과 인간
- 岡良助, "京城繁昌記", pp.510~ (1915), 博文社
- 石原留吉, "京城案內", pp.297~ (1915), 京城協贊會
- 靑柳綱太郞, "제21편 대경성의 오락기관", 大京城, pp.552~556 (1925), 朝鮮硏究會
- 後藤慶二, "日本劇場史", pp.51~ (1925), 岩波書店
- 藤井龜若, "京城の光華", pp.94~ (1926), 朝鮮事情調査會
- 有賀信一郞, "大京城", pp.345~ (1929), 朝鮮每日新聞 調査部
- 內外映畵事業調査硏究所, "第4回日本映畵事業總攬", pp.599~601 (1930)
- 長野末喜, "京城の面影", pp.135~ (1932), 京城內外事情社
- 朝鮮年鑑刊行會, "道別興行一覽表", pp.468~ (1932), 朝鮮年鑑
- 朝鮮年鑑刊行會, "昭和17年朝鮮年鑑", pp.596~ (1942)
- 菅孝行, "리얼리즘의 의미ㆍ차이의 해소ㆍ다양화", 演劇人, (17), pp.178~ (2004), 무대예술재단연극인 회의
- 加藤幹郎, "映画館と観客の文化史", pp.210~211 (2006), 中央公論
관련 논문AI추천
식민지 조선의 ‘대극장’ 건설론 - 1930년대 재경성 일본인들의 비전과 미완의 시도 -김순주인문사회과학연구소 · 인문사회과학연구2025 · 제26권 제3호1920․30년대 극장 발행 인쇄물로 보는 재경성 일본인의 영화 문화이화진대중서사학회 · 대중서사연구2021 · 제27권 제1호1915년 경성 연예관의 일본공연단 연구 - 극장, 퍼포먼스, 나카라이 도수이(半井桃水)홍선영비교문화연구소 · 비교문화연구2015 · 제40권 1910년대 경성 북촌 조선인 극장가의 조직과 종족공간적 구성백두산한국연극학회 · 한국연극학2017 · 제1권 제63호식민지 조선의 문화사업, 극장업이호걸대동문화연구원 · 대동문화연구2010 · 제69호1900년대~1910년대 경성 소재 일본인 극장의 일본 전통예술 공연 양상이지선국립국악원 · 국악원논문집2015 · 제31호
