본문 바로가기
KERD
논문KCI 등재

야마다 에이미(山田詠美) 『나는 공부를 못해 (ぼくは勉強ができない)』에 나타난 ‘공부’의 의미를 중심으로

A study about the meaning of “study” in the “I am poor at study” by Amy Yamada

0

조회

0

다운로드

0

인용

0

참고문헌

키워드

주제분류일본어와문학

초록

山田詠美(1959∼)は『ベッドタイムアイズ』(1985)のような恋愛小説を書いてきたが、それと同時に、10代の青少年たちの日常生活を描いた青春小説の作家としてもその名を知らせている。本研究で検討した『ぼくは勉強ができない』(1993)も彼女の青春小説の一つであり、日本の多くの高校生たちが抱えている‘勉強’の問題を主な素材として扱っている。主人公である高校生の時田秀美は、‘学校の勉強が出来ない人=馬鹿’という通念や、大学進学だけを目標とする‘詰め込み教育’に強い疑問を示しながら、自ら勉強の意味やその目的を求める。そして、彼は、テキストや教室という限られた範囲を超え、多様な人間関係や身体的な体験に基づく一連の過程を通して、学校での勉強は人生における勉強の一部に過ぎないということを自覚する。 一般的な青春小説が、子供から大人へと成長する青少年たちの個人的な葛藤や試行錯誤を扱っていることに比べて、山田詠美の『ぼくは勉強ができない』は日本の教育現場に対する批判と共に、‘勉強’に対する作者の独自な価値観を提示しているということでその特徴があると言えよう。また、山田は作品の中で学習者の個性と自ら考える力を重視しているが、これは一時代、日本の教育界に反響を及ぼしていた‘ゆとり教育’と内容の面から類似していることは注目すべき点であると思われる。

Abstract

Amy Yamada(1959∼) has wrote many romance novels including her debut work “Bedtime Eyes”(1985). She is also known as a writer of “youth novel” that depicted teenager’s trouble and growth. The “I am poor at study”(1993) which is discussed in this study is also one of her youth novels. In this work, the hero Hidemi Tokita, a high school student doubt “cramming education” and the goal to enter prestigious university after high school. He has tried to find the specific meaning of the study for him. After all, he found out that school study is one of studies in his life, through various human relationships and physical experiences. Moreover, he denied a conventional wisdom which is: The people who is poor at studying in school is the same with being an idiot. Most of youth novels have described the personal conflict of young people or their trials and errors. However, the writer, Amy Yamada criticized the problems of educational sites in Japan and presented her own opinion by “I am poor at study”. It can be concluded that this Amy Yamada’s theme for the novel. Moreover, she emphasized on student’s personality and self-thinking ability in her work; it should be noted that it is similar to the idea of ‘Yutori Education’ in Japan.

참고문헌 (23)

  1. 김원중, "한국 인성교육과 일본 유토리교육 전개과정 비교", 교육이론과 실천, 22, pp.129~160 (2012), 경남대학교 교육문제연구소
  2. 사에키 준코, "일본문학에 있어서의 근대 연애─메이지(明治)에서 현대로─", 일본근대문학-연구와 비평, 5, pp.9~36 (2006)
  3. 신은화, "山田詠美の作品に現れる「教育観」考察 - 『ぼくは勉強ができない』を中心に -", 일본학보, (108), pp.161~180 (2016), 한국일본학회
  4. 신지숙, "일본초등학교 5학년 국어교과서 문학교재의 특징 - 테마를 중심으로 -", 일어일문학연구, 96(2), pp.227~257 (2016), 한국일어일문학회[DOI]
  5. 안노, "山田詠美におけるアウトサイダ?意識と異文化?驗", 일어일문학연구, 59(2), pp.92~113 (2006), 한국일어일문학회
  6. 오세란, "청소년문학의 정체성을 묻다" (2015), 창비
  7. 이지원, "현대일본의 교육개혁: '유토리교육'이 논리와 동요", 일본연구논총, (20), pp.127~162 (2004), 현대일본학회
  8. 홍진희, "오에 겐자부로의 「사육」과야마다 에이미의 「베드타임 아이즈」 비교 -흑인 남성에 대한 묘사를 중심으로-", 일어일문학연구, 90(2), pp.227~242 (2014), 한국일어일문학회[DOI]
  9. 홍진희, "야마다 에이미(山田詠美)의 청춘소설에 나타난여성과 성(性) ─『풍장의 교실(風葬の教室)』을 중심으로─", 일어일문학연구, 103(2), pp.143~162 (2017), 한국일어일문학회[DOI]
  10. 新井豊美, "背骨のうごく時", 早稲田文学, (207), pp.32~36 (1993), 早稲田文学会
  11. 篠原一, "映画『ぼくは勉強ができない』", 文学界, 50(7), pp.150~153 (1996), 文芸春秋
  12. 高橋源一郎, "(評論)ぼくも勉強ができない", 文芸, 44(3), pp.100~103 (2005), 河出書房新社
  13. 竹田青嗣, "〈新鋭作家論特集〉山田詠美論─至近の目", 文芸, 25(5), pp.318~321 (1986)
  14. 田中実, "フェティシズムの誕生─『風葬の教室』", 国文学解釈と鑑賞, 56(8), pp.173~182 (1991), 至文堂
  15. 戸田浩史, "〈ゆとり教育〉見直しと学習指導要領の在り方", 立法と調査 (2009), 参議院事務局企画調整室
  16. 沼野充義, "〈女にもてる〉と〈勉強ができる〉ではどっちがいいんだろう", 早稲田文学, (207), pp.37~41 (1993), 早稲田文学会
  17. 花田俊典, "教科書に載る小説、載らない小説", 九大日文, (4), pp.204~217 (2004), 九州大学 日本語文学会
  18. 原田宗典, "ぼくは勉強ができない", pp.268~274 (1996), 新潮社
  19. 山田詠美, "晩年の子供" (1994), 講談社
  20. 山田詠美, "放課後の音符" (1995), 新潮社
  21. 山田詠美, "ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨" (1996), 新潮社
  22. 山田詠美, "ぼくは勉強ができない" (1996), 新潮社
  23. 山田詠美, "蝶々の纏足・風葬の教室" (1997), 新潮社

관련 논문AI추천

이 간행물의 다른 논문 (13건)