補助動詞“-지다”が表わす<可能>と<自発>について
About <Possibility> and <Spontaneity> of Subsidiary Verb“-CITA”
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초록
本稿の目的は、可能表現の日韓対照研究の準備的考察として、「語彙的な可能形式」の一つである“-지다”が表わす<可能>と<自発>を取り上げて、その意味特徴と用法を明らかにし、対照研究への基盤を作っていくことにある。従来の研究において補助動詞“-지다”は、被動形式の一つとして扱われることが多かったが、“-지다”は<被動>以外に<可能>や<自発>の意味を表わすことがある。本稿では、補助動詞“-지다”が表わす<可能>と<自発>に焦点を当て、その意味特徴と用法について考察を試みた。その結果、<可能>の意味を表わす“-지다”は、動作・状態の生起から実現までの間に「過程の困難」を伴うか否かで文の表わす事態が変わってくることがわかった。動作・状態の生起から実現までの間に「過程の困難」を伴う場合、肯定文は「意図実現」を、否定文は「意図非実現」を表わすのに対し、「過程の困難」を伴わない場合は肯定文に偏っており、もっぱら「自然実現」の意味を表わすのである。また、<可能>の意味を表わす“-지다”において、動作主の介入が前提となっている「意図(非)実現」の可能文は、可能形式「할 수 있다/없다(スルコトガデキル/デキナイ)」と自由に置き換えられるのに対し、動作主が意図しなくても自然と成り立つという「自然実現」を表わす可能文は、意味的に<自発>に近づくため、「할 수 있다(スルコトガデキル)」に置き換えることができないことも明らかになった。一方、<自発>の意味を表わす“-지다”において、動作主は有情物の一人称動作主であり、述語動詞は主体の意志によるコントロールが難しい無意志動詞であることを明らかにした。また、知覚・認識・感情などの心理作用に関わる動詞を述語とし、肯定文の形で表わされることも示した。本稿の考察から、補助動詞“-지다”を用いる文は<被動>に限らず、<可能>や<自発>の意味を表わす場合があり、文の表わす意味や構造的な特徴が異なるため、これらをまとめて被動表現とする考えには無理があることが明らかになった。つまり、補助動詞“-지다”は、日本語の「(ラ)レル」のように一つの形式で<被動>や<可能>、<自発>をも表わし得るのである。以上の点から考えると、日本語の「(ラ)レル」において<受身>と<可能>、<自発>が同じ根から発しているように韓国語の“-지다”も<被動>と<可能>、<自発>が連続性を持っていると捉えられる。
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