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『源氏物語』紫の上の人物造型*-第二部の物語を中心に-

The Characterization of Murasakinoue in Genjimonogatari

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주제분류일본어와문학

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Abstract

本稿では、『源氏物語』女主人公紫の上が光源氏との愛をめぐる苦悩から出家を願望し、それがかなえられぬまま死を迎えるまでの物語を通して、その人物造型のあり方を探り、物語の虚構のありようや、物語と仏教の問題など、『源氏物語』の方法や主題性について考えた。 まず、苦悩の存在へと変貌した紫の上が、源氏との関係の変容と自身の存在性を反芻しながら、新たに源氏との関係を生きようとする様相を探った。 次に、紫の上の出家願望が、彼女の苦悩の必然であるとともに、明石の君や女三の宮らの繁栄という現実との相関において描かれていることに注目した。明石の君と女三の宮が六条院の妻としての地位を高めてゆく現実を通して、紫の上は源氏の情愛のみに支えられている自身の存在の限界を再認識し、彼の愛を喪失する将来を見据えることによって、出家という転身を志向することになったといえよう。 次に、紫の上が出家を願望せざるを得ない内面の憂愁のありようを考えた。彼女は、源氏の最愛の人としてのすぐれた宿世を持ち合わせながらも、かえってそれゆえに「もの思ひ」から最後まで脱し得ないわが身を絶望的に見つめている。この自己認識によってこそ紫の上の出家願望は、物語においてさらなる重みを獲得している。 さらに、御法巻、死を間近にした紫の上について考えた。紫の上は、死の不安の中で出家を切望しつつも、愛執の存在という自己認識によって、仏教の提示する冥界の闇と必然的に相対せざるを得なかった。出家も果たせず、最後まで源氏に深い情愛と憐憫を抱いていたことからも、紫の上の救済は、仏教の世界観からは絶望的な色彩を帯びてくる。しかし、それは作中人物としての紫の上が、源氏との深い愛の関係と出家の課題ゆえに必然的に相対せざるを得なかった問題なのであって、物語が仏教的な救済の論理によって紫の上の救済されざる絶望的な姿を描き出そうとしているのではないであろう。物語は、紫の上の安らかで清らかな死のあり方や、後の幻巻の源氏の哀傷によって彼女の救いを印象づけているのであった。 紫の上の人物造型は、「ものはかなき身」の彼女が源氏と愛のみで深く結ばれていたという虚構の方法と関わっているであろう。紫の上の物語が仏教的な救済の次元に収斂されないところに物語の論理のありようが示されており、物語はそれを通して人間存在とその愛のあり方を深く追求したのだといえよう。

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