自己物語としての『氷島』
A Story about myself : "HYOUTOU"
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초록
詩集『氷島』は刊行當時、弟子であった三好達治から非難され、朔太郎自らも口語詩からの「退却」であったと認めた。しかし、あえて「氷島」詩体を取らざる得なかった理由を詩集の「序」で、「すべての藝術的意圖と藝術的野心を廢棄し、單に「心のまま」に、自然の感動に任せて書いた」「著者の實生活の記録であり、切實に書かれた心の日記である」と明記している。これは口語詩としての芸術性の放棄であり、自己物語としての記録性への重視と言える。 そして、東京移住とともに始まった妻稲子の近代女性化は離婚による家庭喪失という思わぬ事態をもたらす。その結果、二児を連れて帰郷をよぎなくされ、その後、東京で寂しく独り暮らしをするようになる。これらの一連の<家庭喪失の物語>が詩集『氷島』には含まれている。さらに、離婚に至るまでの経緯については、稲子もエッセイを発表しているが、彼女は子供のための自己犠牲を強いられることを拒否することで前近代的結婚(家庭)観を断ち切り、近代詩人の妻から近代女性への一人立ちの道を選択したのである。 また、詩集『氷島』には死、または亡びのイメージが遍在している。それは朔太郎のトラウマが「憤怒」のレベルを超えて自己破壊の段階に到達している証左であると思われる。 最後に、詩集『氷島』の「猛獣」は<家庭喪失>という逆境にさらされている自分を猛獣としての本能を失ったまま、ペット化した動物としての自己劇化であるにほかならなかった。そして、<ペット化した猛獣>のイメージは同時期の高村光太郎と三好達治の作品からも見られた。 以上のように、本稿では萩原朔太郎の詩集『氷島』が詩人の伝記的事実を基に自己物語として表象されていく過程について考察した。
참고문헌 (11)
- 中央公論, "日本の詩歌 10 高村光太郎", ~
- 中央公論, "日本の詩歌 22 三好達治", ~
- 伊藤整, "近代文学鑑賞講座15 萩原朔太郎" (1960), 角川書店
- 佐藤房儀, "国文学" (1973), 国文学
- 岡庭昇, "萩原朔太郎 陰画の近代" (1974), 第三文明社
- 田村圭司, "萩原朔太郎研究" (1983), 明治書院
- 堀江信男, "光太郎の怒りについて 『猛獣篇』の時代", 日本文学論叢, 10 (1985)
- 北川透, "萩原朔太郎<詩の原理>論" (1987), 筑摩書房
- 坪井秀人, "日本近代文学研究新集 萩原朔太郎" (1988), 有精堂
- 坪井秀人, "萩原朔太郎論" (1989), 和泉書院
- 杉山平一, "三好達治 風景と音楽" (1992), 編集工房ノア
