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『도테(道程)』 후기 시편 연구
『道程』後期詩篇 硏究
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주제분류일본어와문학
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本稿は、高村光太郎の處女詩集である『道程』後期の詩篇を考察したものである。『道程』の1910年12月から14年10月までの詩作76編には、光太郎の個人史と精神史がそのまま溶け込んでいる。光太郎は『道程』の上梓により、口語自由詩への形式的な完結と近代市民社会の市民の詩精神を自身の詩作のなかに形象化させ、日本近代詩の內容を充實化させ、近代詩の水準を一段階高めたと言われている。『道程』はその内容からみて、前期と後期、二期に分けられる。前期は、1910年12月から1912年6月頃までであり、後期は1912年6月末から1914年10月までである。前期は、光太郎が西欧留學から帰国し本格的に詩を書き始めた時期から長沼智恵子に巡り合って付き合う前の時期である。『道程』後期は、前記とは異なり、智恵子との戀愛と結婚、自然に対する絶えずの感謝と祈りによる自然への歸依、そして人道主義者として真面目に生きて行こうとする人生態度、人生觀を表した冬の詩などがある。後期の詩作の特徵は次の通りである。1.戀愛詩は前期から出てきたある女に対する期待と豫感、智恵子との邂逅、愛の悩み、熱病、葛藤、庇護と慰み、愛の実り、愛の喜び、喜悅と歓喜、燃え上がる肉体的な欲望、結婚などが綴られている。2. 次は、自然に対するたえずの感謝と祈りと自然への歸依である。これはあくまで愛の醸し出したものである。頹廢主義者光太郎は、愛によって人道主義者に變貌して行ったのである。3. 愛の詩人光太郎が選択したのは求道者のような道であり、それは冬の精神で生きて行こうとする人生態度、人生觀である。いわゆる、一連の冬の詩はこれを見せてくれるのである。
참고문헌 (15)
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