李箱における横光利一受容の深層 ―『上海』および「青い大尉」との葛藤 -
The Profound Reasonof the Reception of YOKOMITSU Riich by Ree Sang -Conflict with Novels of "Shanghai" and "A Blue Captain"-
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초록
横光利一研究または李箱研究の厖大なる蓄積において、李箱の横光受容に関する指摘はいくつかなされてきた。しかし、そのほとんどが表現手法の影響に着眼したものであり、横光の東アジアにかかわる姿勢、東洋主義的思想との関連性については必ずしもが認識されることがなかった。 このような現状を踏まえて、本稿は難解とされてきた李箱の「三次角設計図」、「素栄為題」などの詩作をとりあげ、これまで見落とされてきた横光の『上海』特に朝鮮体験に基づき描かれた「青い大尉」との関わりを明らかにし、「東亜」とりわけ朝鮮に関する横光の言説との葛藤、即ち李箱における横光受容の内在的契機を掘り起こしてみた。 結論として、主に次の二点を指摘した。 1) 一見奇をてらうイメージが強い「三次角設計図」の発想または多くの素材の出どころは『上海』にあり、思想的性格の意味において、『上海』をはじめとする横光的「東洋主義」に対する、一種の「コラージュ」であり、またアイロニーである。 2)李箱における横光受容の内的契機(または横光に特別に拘っていたわけ)は、横光が描いた「東洋」特に「青い大尉」の朝鮮人像にあった。具体的にいえば、「素栄為題」は横光の朝鮮人像に対する激しい応酬であり、屈原の「橘頌」に因んだ、被植民地の不条理で屈辱的な歴史的処遇におかれる一朝鮮の青年としての情操と悲痛な心情の吐露であったのである。 李箱は横光利一とともに「東洋を研究する」視座を共有していた。しかし、植民地の子としての「非凡なる発育」は、彼の心情と倫理の下地として、つねに機能していたのである。 李箱の横光受容は、時代的共通テーマでもある横光的新感覚表現法に対する呼応であるいっぽう、横光が東洋と近代文明の行方に払う憂慮に対する共感と抵抗という根本的な理由があった。「言葉が蕩尽」した「浮浪者」という、彼が自認する立場と横光的立場との間こそは、彼の詩的「言葉」が形成される磁場であり、そこから彼は自前の声をあげながら、植民地的言語空間を突き破る活路を模索するため奮闘していたのである。
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