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『唯心房集』所?今?の作者考 -寂然である可能性-

Inquiry about the poet of IMAYO in "yuishinbosyu" -The possibility of Jakuzen's-

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주제분류일본어와문학

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Abstract

平安後期の歌人寂然には、和歌集『唯心房集』(『唯心房集』Ⅰ)があり、法文歌や今様を収めた別系統の『唯心房集』(『唯心房集』Ⅱ)や、釈教歌を収めた『法門百首』など多くの歌集が存する。『唯心房集』Ⅱは、その成立が明らかにされておらず、それで、実際の作者が本当に寂然なのかどうかが問題となる。最初、この集は、寂然自作のものとして考えられていたが、近年の諸研究では、寂然自作と認めているものはない。しかし、『唯心房集』Ⅱの詞章には勅撰集や家集などの寂然の歌の表現と著しく近いものが多く存しており、寂然の自作である可能性もあると考えている。本論文は寂然の実作の可能性を探ることをその目的とする。その手順として、『唯心房集』Ⅱと寂然の歌とを比べながら、『唯心房集』Ⅱが寂然の自作の集である可能性を提示した。 まず、『唯心房集』Ⅱの今様と類似している和歌を『新編国歌大観』の巻第一から巻第十より抽出した。その結果、抽出された典拠と言いうる和歌は、人口に膾炙した有名な古歌や、寂然と近い時代の歌人の新作の歌、それから、寂然の家集である『唯心房集』Ⅰや『法門百首』、それから勅撰集所収の寂然の歌であった。特に『法門百首』には釈教歌とその歌注がついており、『唯心房集』Ⅱの歌詞と一致している個所も多い。この注は寂然の自注と言われているので、寂然が『唯心房集』Ⅱの作者である可能性を確固たるものにしてくれる。 以上の調査により明らかになったのは、『唯心房集』Ⅱに収められている釈教歌が『新古今和歌集』の入集歌選定の時点ですでに成立しており、選歌の資料とされていたこと、また『唯心房集』Ⅱには、『唯心房集』Ⅰと非常に近い趣向の表現、ないし近い雰囲気のものが多く存していることなどであり、これらのことにより寂然が『唯心房集』Ⅱの作者であることを裏付ける証拠となるのではないだろうか。体裁面からも、『唯心房集』Ⅰ・Ⅱは、ともに部立を設けず、四季・恋・別・無常・釈教、といった体裁を取っている。その名称が『唯心房集』であることも、これらのことに起因しているのではなかろうか。 今回の考察で取り上げた用例は、寂然の歌のみに深いかかわりを持つものもあれば、寂然の歌のみと限定しがたいものも存在しているので、すべて寂然のものから、ということは言い難いかも知れない。しかし、『唯心房集』Ⅱ所収今様の詞章の表現や雰囲気に近い和歌を検出してみると、ほかの歌人の歌よりも、寂然の歌に近いものが数も多く、表現や雰囲気の一致も著しい。これは、『唯心房集』Ⅱが寂然自作のものである可能性を示唆している。

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