カトリックの宣教と「煙草と悪魔」(芥川龍之介)
Catholic Missionary and 「TABACO and DEVIL」 (AKUTAGAWA RYUNOSUKE)
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本論文では帝国主義的宣教という、東方に向かった世界的なカトリック宣教の流れの中で日本宣教はどう始まったのか、宣教師による東西文明接触、日本や周辺国家にどんな影響を及ぼしたかを考えようとした。また、その時代を背景にしている、芥川龍之介の書いた最初の切支丹物「煙草と悪魔」には、それがどう反映されているかを考察した。「煙草と悪魔」は、キリスト教の渡日により、キリスト教の教理も入ったが、煙草のようなものも入ってきたということを書いているのだ。それは西洋の文明の受容と共に日本の伝統的な遺産を軽んじる傾向も出てきており、それへの文明批判も込められていた。今までの「煙草と悪魔」の研究は、悪魔の心理的要素、善と悪という「矛盾の同時共存」に関心を向けてきた。しかし、少年期、歴史家を目指していた芥川は、切支丹物最初の発表作である「煙草と悪魔」の中で、西洋と共に入ってきた悪の存在についても意識し、それを「煙草と悪魔」の中で描いている。当時、欧州列強は中国に入り、中国は帝国主義西欧列強により半植民地化されていた。一八四〇年、清とイギリスの阿片戦争が勃発した。このような背景の下で十九世紀中頃の宣教師たちは、殖民主義を標榜する強力な帝国主義国家の保護を受けながら中国に入った。西欧列強は国家権力と宗教を分離しないで混同したので、中国におけるカトリックの布教に大きな弊害をもたらした。カトリックは宗教的な信仰としてではなく、西欧列強の政治的利益を達成するための道具にすぎないと確信するようになった。大部分の中国人は、洋夷は策略と武力でカトリックと阿片を同時に導入させたと信じていた。十九世紀中国の情勢を見ていた芥川龍之介は、「阿片と悪魔」という問題が念頭にあったと思われる。そして阿片までにはいかないけれど、「煙草と悪魔」という素材が沸いてきたのではなかろうか。それでは実際日本の歴史の中で「煙草と悪魔」での煙草のような存在はなんだろうか。16世紀、ポルトガル・スペインのイエズス会宣教師と共に持ち込まれた鉄砲や火薬は、明と朝鮮を侵略する新武器となり、「煙草と悪魔」の語り手に言わせると、悪魔のもたらしたものと言えよう。
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