일본전파를 통해 본 「도깨비방망이」 설화의 국제성
The Study on the International Generality of the Folk-tale 'Tokebibangmanghee', with a Focus on Its Dissemination into Japan
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Abstract
本論文では、韓日両国において論じられたことのない「トケビバンマン イ」型説話が日本へ伝播した時期と経路を解明し、国際的な視野をもって考究すべきことを提示した。そしてそれが日本の古典小説に受容されることで小説化する一端をも検討した。 方法としてはまず日本の学者が指摘する鬼所有の「打出の小槌」とトケビ所持の「トケビバンマンイ(金棒)」との関連を検討し、それを手がかりにして日本への伝播の事実を追求した。次に想定した口伝伝播から文献伝播が行われるまでの空白の間における本説話の伝承過程を探ってみた。そのうえ文献伝播に見られる本説話の小説的成長を考察した。結果は次のようになる。 「打出の小槌」の形の面では「トケビバンマンイ」と相違がある。が、人間の願望を叶えてくれるという機能の面では類似する。役割の面においては韓国説話におけるその重要さと違って微弱である。役割の弱さは槌が人間の願いを実現してくれるという思想が日本人に耳慣れないことのゆえであって、従って日本の学者や文人たちはその出所を朝鮮半島に見ていた。これに示唆を受けて本説話の日本への伝播時期と経路を調査したところ、伝播の時期は少なくとも奈良時代にまで遡ることができた。伝播当時は文献を通してではなく口伝の可能性が高い。伝した最初のバンマンイの形は棒状であったが、時代がくだるにつれ日本古代人の趣味によって槌に代用された。そして日本に伝来した「トケビバンマンイ」型説話は「打出の小槌」の思想及び説話、「トケビバンマンイ」型説話の基本構造を維持した民間説話の形として日本に定着した。そうするうち、12・15世紀頃太平広記・酉陽雑俎の漢籍が日本に流入すると、漢籍収録の「トケビバンマンイ」型説話は再び日本に流出するようになった。それに酉陽雑俎所収の「トケビバンマンイ」の説話は御伽厚化粧(1734年)によって日本の話に翻案されることで近世の一般人にまで伝播したのである。一般人への伝播には近世期の随筆も間接的に関わると思われる。翻案においては説話の面白い要素を受け入れつつ、説話に不足する登場人物や地名の背景描写を加味し、さらに主人公の後日譚をもって結末を処理した方法で小説的構成を備えた。こうして中国の雑書記録にとどまらず、怪異小説御伽厚化粧の一篇に受容されることで「トケビバンマンイ」型の説話は一歩小説的展開を成したのである。 「トケビバンマンイ」型の説話は日本の古代文芸に深く関連して日本人の浪漫思想の形成․展開に少なからぬ影響を及ぼした。本説話は中国文芸にも関連し、既に韓国民族説話の範疇を越える汎東洋性に基づいて考究されるべきものと思う。
참고문헌 (6)
- "도깨비방망이얻기의 構造와 結末處理樣相", 24 (1991)
- "한국의 도깨비연구" (1994)
- "한국난타의 원형, 두두리 도깨비의 세계" (2003), 예림기획
- "韓國民族說話의 硏究" (1947)
- "玉手箱と打出の小槌 昔話の古層をさぐる" (1983)
- "一寸法師と打出の小槌" (1975)
