근세 일본인들의 조선관
Japanese View of Korean People
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Abstract
江戶時代右翼實學者たちを中心として 周知のように日本の儒者たちの中には文化的․學問的に朝鮮を尊敬しながら親近感を持っていた。特に、日本の朱子學の祖である藤原惺窩が本格的に朱子學を信奉するようになったのは壬辰倭亂の際、日本に強制的流入した朝鮮の朱子学関連の書物をはじめ、日本に連行された退溪學派の成渾を師匠とする姜沆から朱子學を學んだ後であると言われている。退溪の學問は藤原惺窩によって注目された、のち惺窩の弟子である林羅山も日本の儒者の中で最も多くの朝鮮の儒學書を愛讀し、自分の学問形成に大きな影響を受けた学者のひとりである。また、山崎闇斉とその門下生たちも朝鮮の朱子学から大きな影響を受けた。これらは日本の儒学者たちの編纂の関連書物をはじめ、朝鮮から日本に派遣された通信使の訪問の際、日本の知識人たちとの筆談を通じた文化的な交流のなかにもよく現れている。 その反面、古學者·陽明學者·國學者の一部では說得力が薄い日本古代の 日本書紀の神功皇后の三韓征伐說話と任那日本部說話などの神話や傳說などを根據とした日本の韓半島支配說を主張しながら朝鮮を輕蔑しようとした。つまり古代朝鮮は元々日本の属国として日本に朝貢した国としてし規定し、日本の神と天皇が朝鮮を支配し朝鮮の王と貴族は日本に属したという説である。このように江戸時代の在野の知識人による歪んだ朝鮮蔑視観は知識人のみならず、庶民の間でも拡散され学校教育でもしっかりと教えられた。 結局、日本人の朝鮮認識の系譜の傳統には朝鮮文化の尊敬よりは輕視の例が主をなしており、その伝統の脈は今もつながっていると言える。 本論文では壬辰倭亂の際、日本に渡った朝鮮文化の影響による日本の朱子學の隆盛と関連した日本知識人の朝鮮文化に対する尊敬と輕視の考えのなかで軽視を中心として論じようとする。 具體的には現在日本の歴史家たちの間で確固たる事実として認識しようとしている神宮皇后の三韓征伐および4世紀中頃から大和朝廷を中心として韓半島南部を隷属したという任那日本部說を主張している右翼知識人たちの歪んだ朝鮮蔑視觀の思想の原流を考察した。
참고문헌 (7)
- "조선후기실학자의 일본관 연구" (1989), 일지사
- "한국과 일본-상호인식의 역사와 미래" (2005), 살림출판사
- "일본사상사이야기 40" (2002), 예문서원
- "사가독서제를 통해서 본 조선시대 지식인문화의 일단 아시아 도시문화의 가능성" (2003)
- "일본인들의 조선 인식-유학자들의 퇴계관을 중심으로" (2003)
- "근대일본인의 조선인식" (2005), 청어람 미디어
- "近代文に於ける朝鮮像" (1958)
