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하나시본(噺本)과 도요토미 히데요시(豊臣秀吉)

Hanashibon(噺本) and Toyotomi-hideyoshi(豊臣秀吉)

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주제분류일본어와문학

초록

江戸時代、庶民の文学として良く知られている噺本。本稿はこの噺本とい うジャンルの中で、特に日本国文学研究資料舘の公開資料の『噺本大系』の 中で、豊臣秀吉のイメージがどのように描かれているのかについて考察した のである。噺本の中で、豊臣秀吉のイメージは時代的な雰囲気とか噺本の展開によ り、大きく変わっていたのである。 初期のものと言える1615年刊行の『戯言養気集』は当時、豊臣秀頼と豊臣 秀吉の残党が残っていた時代でもある。未熟期の作品という理由からか、ま だ滑稽味は持っておらず、豊臣秀吉は単に徳望のある指導者として描かれて いる。それが噺本の成熟に伴い、『昨日は今日の物語』などでは、だんだん 「落ち」の素材として描かれ始める。確立期、全盛期、退廃期に入ると、豊 臣秀吉ははなしの中の補助的な手段にしか過ぎなくなってしまう。また、秀 吉の名前が登場する戦争においても、最初は憂鬱な雰囲気を持っていたの が、だんだん「落ち」の背景を設定する道具として使われるようになる。 朝鮮に対する蔑視観が広まった17世紀後半に刊行された『篭耳』には、異 例的に文録慶長の役を素材としても使ったりもしたが、噺本の性格が固まっ ていくにつれ、近松の『本朝三国誌』や、朝鮮軍記物語りなど、他のジャン ルでは秀吉のイメージは近代に至るまで強くなりつつある中でも、噺本の中 での秀吉のイメージは弱くなってきたのである。

Abstract

『噺本』is well known as a popular literature in Edo-period. This paper discussed about the image of 豊臣秀吉 in 『噺本』. In 『戯言養気集』 which was published in 1615, 豊臣秀吉 was described as a generous leader. But, along with the maturation of 『噺本』, 豊臣秀吉 begins to be described as a target of ‘オチ’ in such as 『昨日は今日の物語』. As it enters the period of establishment, heyday and decadence, 豊臣秀吉 becomes nothing more than an ancillary meaning of humar in the story. More over, the war which 豊臣秀吉 appeared was gloomy and solitary in the beginning, but they gradually became a background tool of ‘オチ’. The Japanese invasion of Korea in 1592 anomalously revealed in 『噺本』 when the contempt view of Choseon Dynasty spread in the late 17th century. 秀吉 still remained strong in other genres. However, as the character of 『噺本』 became determined, the image of 秀吉 in『噺本』became weaker and only remained as a tool of ‘オチ’.

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