중국상인의 경영형태와 상업윤리 ― 휘주상인을 중심으로 ―
中国商人の経営様態と商業倫理
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초록
本稿は、中国の伝統商業と商人の文化について、明清時代に最も活躍した徽州商人に焦点をあて、その経営のあり方がどのようなものであり、その背景にはどのような社会構造や思想、倫理があったのかを些か示そうとするものである。 宋代以降、とりわけ明代中期以降における商工業の発展は商品流通範囲の拡大と流通商品の量と品目の拡大をもたらし、商業に従事する者の数を増大させた。そして、そのことは、商業、商人観のみならず、商人の具体的活動のあり方にも変化をもたらした。すなわち、それまでの商業活動が基本的には個人による分散的なものであったのに対し、彼等が「商幇」、すなわち商人による団体組織を形成するようになったことである。なかでも最も活躍したのが徽州商人と山西商人である。そして、徽州商人の経営方式の特徴として注目すべきは、彼等が宗族関係すなわち宗法を尊重、重視し、これを利用したことである。 明末清初以降、新たな地に定住する徽州商人は少なくなかったが、乾隆末年以降に著しい。 清代中期頃から一部の地域で、地域市場圏=省市場圏の自立化が開始され、自立化によって徽州商人の商業圏が縮小したため、遠隔地商業での利益が低下し、特定の地域における利益獲得策に転換せざるを得なくなり、そのために、商品の生産や流通が盛んな江南デルタや漢口に移住したということである。 徽州商人など明清時代の商人の特徴として注目すべきは、儒家倫理と結びついた商業道徳や倫理が明確に示されたことである。とりわけ徽州では「賈而好儒」すなわち商業に従事する一方、学問を好み、子弟の教育に熱心な者が多かった。彼等は積極的に族譜の編纂を行ったが、族譜には多く朱熹の思想や道徳に則った「家訓」や「家規」が記されている。従って、徽州商人の商業経営は儒家、とりわけ朱熹の倫理規範の影響を強く受けるところとなった。日本の江戸時代、特に近江商人の商人倫理に比べたら、中国においては、「以義爲利」すなわち「義」をもって「利」を求めるという考え方が一般であり、そこには他者のおかげであるという考え方はみられない。中国商人の商業倫理が、ヨーロッパは勿論、日本、とくに近江商人の商業倫理と異なるところはここにあるといえよう。
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