근대 일본의 ‘신화’ 담론 형성과 조선 ‘신화’ 인식
The Formation of discourse of modern Japanese Myths and Recognition of Chosun's Myths
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本稿は、日本の近代歴史学の中でどのように神話が「日本的ナラティブ」として形成されて行くのかを明らかにすることを試みている。その具体的な方法は、明治期の歴史学者たちが繰り広げられた紀年論争を分析することから始まっている。日本において紀年論の出発は本居宣長と石原正明であったが、それは古書すなわち『古事記』と『日本書紀』に見られる紀年が加工されたものであるとの指摘であった。その後、1878年に那珂通世が『上古年代考』を発表し、それに対して小中村義象が論争に加わり、落合尚登と星野恆の論争に引き継がれた。ここでもっとも重要な論争のポイントは<推古九年逆推説>の問題であった。これは1872年末にはじめて<近代的>な太陽暦を使用することで生じた歴史の基準の想定のもんだいと絡んでいた。特に那珂通世の神功皇后を加工の人物として見なしたこと、つまり神話は後代の「改竄」であることを言及していたのである。それは、定まらない紀年論争を通して、すでに『日本書紀』を基準にする年代の加工と日本神話の矛盾の整合化を図ったのであった。それでこのようなプロセスを経ることは、歴史認識を新しく切り替える通過点であり、‘認識’そのものの形成そのものであった。その代表者らは、那珂通世、久米邦武、星野恒、黒板勝美であった。それで日本的神話認識形成は、自分側の神話正當化のため、朝鮮神話が記録されている『韓史』『三国史記』『東国通鑑』『三国遺事』などを動員し、その内容は選択的に行った。そのなかで、那珂は日本の神話そのものを加工だと認識していたから、當然ながら朝鮮の『三国遺事』に掲載されている檀君も僧侶の捏造であると批判した。そして、それとつなげて、扶餘の呼称をめぐっては『漢書』の『論衡』に、扶餘の東明王が高句麗の始祖でないと主張した。つまり、朝鮮半島へ移住した扶餘は、多数の扶餘族のうち、南側の劣等な種族であったと見なした。また、三浦周行も朝鮮神話のなかで檀君は否定したが箕子神話は肯定した。これは、日鮮同素論を主張する星野と久米とは異なる論理であり、三浦だけの神話解釈であった。また同祖論を主張する喜田貞吉は、同源の意味を披露し、星野恆と同じく、日本の国体の拡張と捉えていた。この日鮮同祖論は、日本的神話ナレティブの形成と連動した物であり、その中身は肯定的な立場と否定的な立場が角逐を見せていたのである。最後に日本の東洋学を創始した白鳥庫吉の神話解釈論理も、今まで検討してきたような論理を踏まえて、神話加工説を唱え、檀君を否定する論理を展開していた。それは、那珂、星野、久米の論理とは無関係なものではなく、それを受け継いで披露していたものであった。
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