‘족보’와 ‘창씨개명’ -김달수의 「族譜」와 가지야마 도시유키의 「族譜」를 중심으로-
0
조회
0
다운로드
6
인용
0
참고문헌
키워드
초록
本稿は、在日朝鮮作家である金逹寿の小説「族譜」と、朝鮮で生まれて幼年時代を過ごした日本作家である梶山季之の小説「族譜」の間に、どんな差が存在するのか、また日帝強占期末日帝の‘創氏改名’がどういう形で展開されているかを考察したものである。. 1940年日帝は、朝鮮人をすっかり日本人で同化させようと‘創氏改名’を強要した。このような時代相を金逹寿は22歳の青年で故郷の昌原で、梶山は13歳の小学校5年生で京城で目撃しながら経験したことを小説「族譜」で形象化した。この二つの作品の共通的な素材である‘族譜’と‘創氏改名’という対立的な主題を通じて、植民地朝鮮の惨澹たる現実を表現したという事実だけでも、高く評価すべきだといえよう。しかし、二つの作品の大した違いは、金逹寿の「族譜」は政治的な背景を削除したまま可能な率直でリアルに描き出しているという点である。主人公金敬泰の目に映った祖国の慘憺たる現実の前に、‘創氏改名’という渦巻きに朝鮮の象徴である‘族譜’が消えゆくようになる惜しさが、作品の中に内在していると言える。 一方、梶山の「族譜」は自分の直接体験ではない新聞や伝言を参考して書いた作品なので、政治的な傾向が強く作用して現われているといえよう。主人公谷の消極的な行動に対する責任を国家の代わりをして個人が償う場面で、日本的な感じがする。特に、この作品は結果をもう決めておいて書いた作品なので、金逹寿の「族譜」とちがって終わりに‘族譜’を京城帝国大学に寄贈することで仕上げる場面は、一番政治的な表現の絶頂を見せてくれている。 特に、両作家の共通的な‘族譜’という題名に決めたところには、‘創氏改名’に対する反対の概念で把握している。一番、朝鮮的な伝統である‘族譜’と日本人で同化の象徴である創氏は、ついに、抵抗しても創氏改名するしかない現実認識で始まる。にもかかわらず、在日朝鮮作家と日本人作家が、この族譜の問題を作品で形象化したことは、昨今の日本政府の‘創氏改名’に対する誤った主張を正しく直すようにいい機会だと考えられる。
참고문헌 (13)
- 가지야마 도시유키, "族譜 李朝殘影", pp.163~ (1963), 文藝春秋新社
- 가지야마 미나에, "積亂雲", pp.385~ (1998), 季節社
- 긴다 이치하루히코, "日本の唱歌(上)(下)", pp.230~ (1982), 講談社文庫
- 김달수, "조선-민족ㆍ역사ㆍ문화-", pp.10~ (1963), 岩波書店
- 남부진, "文學の植民地主義", pp.194~ (2006), 世界思想社
- 미즈노 나오키, "창씨개명", pp.244~245 (2008), 산처럼
- 朴正伊, "金達壽三っの『族譜』をめぐってーその異同を中心に", 日語教育, 27, pp.230~ (2004)
- 이소가이 지로, "在日朝鮮人文學の世界ー負性を越える文学ー", 三千里, (겨울), pp.27~ (1979)
- 이원희, "가지야마 도시유키(梶山季之)와 조선", 일본어문학, (38), pp.405~422 (2007), 일본어문학회
- 日本近代文學館, "日本近代文學大事典第一卷", pp.520~ (1977), 講談社
- 유숙자, "創作方法をめぐって in : 在日한국인 문화연구", pp.31~ (2000), 月印
- 조선총독부, "교과서의 가작인물의 씨명에 대해서-창씨개명으로 인한 수정-", 교과서편찬휘보, 6 (1940)
- 정대성, "8ㆍ15 前後 在日朝鮮人의 生活相과 民族意識-김달수 초기 단편들의 유형화와 梗槪-" (2000)
