武者小路實篤 『耶蘇』 論 -「新しき村」運動とのかかわりについて -
A study of "YASO" by Mushanokoji saneathu
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초록
Abstract
『耶蘇』は大正七年、武者小路が創設した理想的共同体の「新しき村」に移住した後、大正八年から「新しき村」に連載されたものである。作品は人間イエスを主人公としており、彼の他の作品と比べて<神の国>についての言及が多い。主に『耶蘇』の執筆動機と「新しき村」運動のかかわりについて探ろうとした本研究は、人間イエスの<神の国>の「福音」と「新しき村」運動の関係について分析したものである。すなわち、今までの先行研究のなかで見られなかった「新しき村」運動と作品執筆動機の綿密な調査とともに、武者小路自身の生き方がどのように反映されていたのかを明らかにしようとしたものである。『耶蘇』のなかで武者小路が重視していたものは、福音伝道の公生活が始まった三十歳からの「イエス」の人生であった。 それは、「イエス」の<神の国>に対する「福音」に注目した結果であって、そのため「イエス」は「神の子になりつつあった」と書いていたのである。ところが、「イエス」は<神の国>を「この世に求めて得ず、「個人の心に求めて之を得た」と言っており、その背景には早くから<神の国>の「モデル」として「新しき村」建設を計画し、その運動を実行していた自分自身への満足感が潜んでいたと見られる。無論、そこに『耶蘇』執筆の動機があったことは言うまでもない。そして、殆どが裕福な家庭の生まれであった「白樺」派の代表的構成員であった武者小路は、「勞働」と「文学」生活の「両立」について苦悩していた。その問題の解決として「新しき村」運動を選んだと見られ、『耶蘇』では「耶蘇よりも自分は勞働を賛美するものである」と語って、「新しき村」創設の理由を現していた。ところが、村運営の経済的な面で苦勞をした結果、小説家である彼は「文学」の方面に力を入れるしかなかったのである。結局、彼が考えていた理想国の「モデル」であった「新しき村」建設を実行に移したとしても、『耶蘇』に見られるような理想的共同体の建設には失敗したと言えよう。
