歌語「繁し」考
A Study on ‘Sigesi’
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초록
自然は人間の人生を詠みあげた『万葉集』の歌を読み解く上で重要なことばである。本稿ではその一つとして自然の鬱蒼した様子を表わす歌ことばである「繁し」に注目して、そのことばに内在した意味合いについて探ってみた。『万葉集』中の「繁し」は、詠法においては二通りの詠じ方が認められる。すなわち、純粋に自然の景物を表わす意と、絶え間なくつのる恋心や世間の噂が絶えないことを表わす歌、つまり恋に因んだ意として用いられている。季節においては主に春期と夏期の草木の繁茂する様子から、恋情の甚だしさが投影されている。「繁し」は単なる「思ふ」という平板な心情表現に鮮明なイメージをあたえている。こういうことから自然の景観を表す「繁し」は、自然詠より人事を詠んだ歌、とくに相聞歌に多く用いられている。このような「繁し」と恋情との強い結び付きの背景には、多くの人が体験した状況や心境が切り取られているからであるといえよう。ところで、恋にまつわる歌には、「道」と関わる空間に関する描写が多く見られる。つまり、道は恋の空間である。そこは山を一つ越えた遠いところの娘であったり、妻どいに行って大刀の緒を解きもしないうちに夜が明けてしまうほどの遠い道程であった。異性と出逢うための山道を歩いて行くうちに眼にする道端の草や山鳥に因んだ序詞や歌詞等の表現が多い。月草や菅、蓼、韓藍、ゑぐ(くろぐわい)など草花の名が登場する。その道を往来するうちに草や樹木の繁りを眼にした人々は、往来の道の情景に恋人への恋心を重ね合わせたと考えられる。それで絶えず恋人と共にいたいと願う恋情の激しさが「繁し」という歌ことばによって鮮明な映像としてかたどられているのである。時代が下るにつれて掛詞の用法が多用される修辞法の変化から、「繁し」は憚る意の「包む·慎む」と、障害の意の「堤」とをかけた「つつみ」へと取り替えられるようになる。歌語としての限界が「繁し」から「つつみ」へと代えられ、部立てにおいても恋歌から四季歌へと変わるのである。恋情や世間の耳目の甚だしさを表わす述語が「繁し」から「包む·慎む」へと移行したのは、恋の領域が身体性の支配する世界から観念的な理知の世界に移行しつつあったことを反映していると言えよう。
참고문헌 (11)
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