植民地 文人의 日本語 글쓰기의 意味와 正當性 -金史良의 日本語 글쓰기를 中心으로-
The Meaning and Justification of the Colonial Writer's Japanese Writings --espicially on Kim Saryang's japanese writing--
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Abstract
本論文は日帝強占期に植民地の文人の金史良が日本語で創作した行為に対して、その正当性を認定することができるかという疑問に対して論議をしようとするのにその目的がある。日帝強占期において朝鮮の文人が日本語で創作したのは朝鮮が植民地という畸形的な時代背景に処してあるので量産したと言うことができる。そのため、金史良が日本語で文芸創作を試図した行為の意味と正当性を論議する為には1)朝鮮民族において朝鮮語はどんな意味を持っているのか、2)日帝は朝鮮語の廃止政策をどんなに施行したのか、3)日帝は日本語を植民地の朝鮮でどんなに流布させているのかに対して正確な認識が先行しなけらばならない。 日帝は植民地の朝鮮において朝鮮語を廃止させて、日本語を国語(文化語)の地位で昇格させるのは朝鮮民族の完全な消滅という ‘内鮮一体’ の完成に到達するものだと認識した。従って日帝は植民地の朝鮮で日本語を教育制度と公的な社会組織を通して積極的で流布させるのだ。こんな事実を勘案した時、朝鮮の文人が日本語で創作をする行為は日帝の植民地支配政策に協力したもので看做することができるので、 その正当性を認定することが出来ない。 しかし、金史良の境遇は母国語に対する確固な意識を持って、日本語の創作を戦略的で利用したので問題の複雑性が存在する。すなわち、彼においては日本語は日帝に対する抗拒の手段で利用した側面が目にたって表わしているのだ。この地点で金史良の日本語の創作の意味と正当性を発見することができる。しかし、金史良がただ抵抗的な作品だけ書いたものではなく、体制に屈伏されて、親日的な作品も発表した事実を考えると、金史良の日本語の創作を全的で肯定することができないのだ。こんなことを作家も意識したので、後に日本語で創作をした行為はその内容に関係なく、歴史的な過誤を犯したのを認定したと言える。従って彼は民族文学というのは民族魂が入っている母国語の文学という事実はどんな論理でも否定することができないと主張したのだ。 こんな点を考慮した時、金史良の日本語の創作は日帝に対する抵抗という側面で見るとその效用性を充分に認定することができるが、結局には日帝の力の論理に陥没させられる限界をはじめてから露呈してあったと見ることができる。
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