蕪村의 「鶯」題 홋쿠(発句)의 하이카이성(俳諧性)
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초록
本稿は、蕪村「鶯」題発句に詠まれている詩的イメージにつき、和歌・連歌・貞門談林俳諧・芭蕉俳諧における「鶯」の詩的イメージと比して、いかなる新しさや俳諧性をもつものであるかを追究したものである。 検討の結果、次のようなことを引き出すことができた。 一、和歌などの先行文芸における「鶯」の鳴くことに比して、鶯の初音・二声・高音・引音・口を小さく明けて鳴く声などのような、繊細で多様な鳴き声を表現して、新しさや俳諧性を醸し出していた。 一、「鶯」と組み合わされて詠まれている木や花の場合、和歌などの先行文芸において用いられていた「梅」「桜」「竹」「柳」を詠むことは勿論のこと、「鶯」の高尚たるイメージとは掛け離れていると思われる「枯木」「茨」とも取り合わされて詠まれている俳諧性があった。 一、先行文芸においては詠まなかった、「鶯」の枝を掴む力を詠んだり、極楽浄土と関連付けられる鳥として「鶯」を詠んだり、梅花の枝を数え算する鳥として「鶯」を詠んだり、梅に枝を譲る礼儀正しい鳥として「鶯」を詠んだりする、新しさが見えた。 一、下手な「鶯」の初音を「鶯」が梅の枝を踏み外して悲鳴を上げる声と詠んだり、むくつけき烏が飛んできたために、「鶯」が遠くの方へ追い遣られて、綺麗な声を賞味していたことが台無しになったと詠んだり、「鶯」を錯覚して「雀」と見たが、鳴き声を聞いてから「鶯」であることがやっと分かったと詠んだりする、俳諧性に富んだ作品を作っていた。 一、詩歌における美しき「鶯」のイメージにも関わらず、糊をつい食べると「舌切り雀」のように「鶯」お前の舌を切るから気をつけてよ、と詠んだり、刺のある茨をやっとの思いでくぐり抜けた鶯がその苦労さのあまりに雲雀のように高く飛翔すると詠んだりする、笑いを狙う俳諧性の富んだ作品を案じていた。 一、山颪の激しさに抗しきれず、また鳴くことさえもできずに、ただばたばた飛ぶのが精一杯の「鶯」の体を詠んだり、今朝やってきて美しい声で鳴いた鶯と思い、期待してまた鳴いてくれるだろうとじっと待っていたが、今度は鳴かないでそのままあっけなく帰ってしまったと詠んだりする、俳諧性のある作品を謳歌していた。
참고문헌 (10)
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