中・日古典漢詩に見る「鶴」の比較文学的研究 ーそのイメージと美意識の形成ー
The comparative literature - like study of “crane” seen in a medium and a day classical Chinese poem Formation by which is the image and sense of beauty
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「鶴」は、『芸文類聚』に、「韻集曰鶴善鳴鳥也、周易曰鳴鶴在陰其子和之」というふうに記されているのを見ると、「鳴く鶴」といって熟語化されているのが知られ、これは聴覚的な詩表現である。さらに、この伝統は、『詩経』の「鶴鳴」でも詠まれている。中心は「声聞于野」という詩句に置かれて、賢者の比喩として詠まれている。他に、李白の「蜀道行」(唐)と李白の「題崙山逸人元丹邱山居并序」、李白の「書情、贈蔡舎人雄」などでは、神仙思想に関わる詩語と結ばれて神仙思想を語る作品が見られる。また、李白の「鳴皐歌送岑徴君」では、「松風」と「鶴」が取り合わせの表現になって詠まれ、「松」と「鶴」という修飾語が発生する段階にあるのが窺われる。李白の「侍従宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聞新鶯百囀歌」では、「花」と「鶴」が見事な取り合わせの表現になって「花鳥」の詩として詠み込まれており、白居易の「舟中夜坐」(唐)では、「秋鶴」と「月」が取り合わせの表現をなして秋の美しい風物として詠まれているのは特徴的な表現であるこ。さらに、鶴は高貴さ、優美のイメージに捉えられて詠まれる場合もある。たとえば、『詩経』の「白華」を見ると、「有鶖」と「有鶴」とが対になって詠まれながらも、逆説表現を用いて「鶴」の高貴さを際立たせているのが読み取れる。張華の「軽薄篇」(晉)を見ると、「玄鶴降浮雲」といって、雲の中で飛んでいる鶴を視覚的に捉え、孤高さを詠んでいる。鮑照の「擬行路難」(宋)では、「鴨」と「鶴」という取り合わせの表現を捉えながら「鶴」の高貴さを詠んでおり、白居易の「鶴」(唐)の場合、「誰謂爾能舞」において、よく舞う「鶴」の高貴さを詠んでいる。『懐風藻」には、六例があるが、序文と6番をはじめ40番の「鶴」は優美さを詠んでおり、後の11番詩,31番詩、同じく32番詩の「鶴」は神仙思想と深く関わって詠まれている。これから考えられるのは、『懐風藻』における「鶴」の詠まれ方は、中国古典詩歌の詠まれ方を受け継いでいながらも日本的な風土性の濃厚な景物を取り込んで日本人の精神世界を詠み込んでいると思われる。
참고문헌 (14)
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