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『長生竹島記』의 戯文 ― 송도와 죽도를 지나는 기타마에부네(北前船) ―

Humorous writing of [The account of long life Takeshima]

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주제분류일본어와문학

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『長生竹島記』には全体の記錄方法とは異なって戯文で記した部分が存在する。それは拉致して抑留させた安龍福と朴於屯の隠岐においての生活状況を、同情する目で説明する内容となっている。抑留されたことを同情しながらも、松島と竹島が保証する長生思想を語る方法で帰国の可能性をも語っている。また航路の説明の中には北前船が松島と竹島の間を通過したとも解析出来そうな「松竹を冠する松島と竹島を仲立にして進む(松竹飾媒に出る)」という記録がある。日本はこれと「これが伝聞した松島かなと遠見した。この松島は本本邦の西海の果てなり」を連携して 松島を19世紀の日本人らが日本領と認識していた証であるとも言う。この戯文を正しく解読できなければそのような主張に效果的に対応できないであろう。戯文をみるとそのような主張が事実を離れた主張であり、当時流行っていた開拓思想や竹島渡海の再開を念願する地域の観念に基づく希望であることが解るのだ。編者は松島と竹島が対で称されながら長生を保障する吉地として認識していた。また日本からは遠く、朝鮮からは近いので朝鮮の領地であると幕府が一六九六年に日本人の往來を禁制した事実も知っていた。編者はその理由を「広い国土の往来は自在であるが、異朝とは入れ替わることのできぬ日の本の国である。我が国は我が国であり、彼の国は彼の国である。それぞれの国は、それぞれ独自の国としての在り方がある。交雑して混乱してはならぬのである。あくまでも柳は緑であり、花は紅に染むという自然のままが良いのである。朝鮮人は朝鮮の国に、日本人は日本の国に、それゆえ彼等を、その本国に帰国させなければならない。」と認識していたのだ。そしてそのような決定は両国がともに喜悅できることと受け入れていた。その編者が「もし、松竹の島へ何か変化があると、幕府の虎の威を借り受けてでも、我が朝の島となさなければならない。幕府の勢いに乗って渡海する船が蹴立てる水の音を聞きたいのである。」という希望を述べながら記録を終えた。客觀的な事実を認めながらも領土を所有しようとする慾望から脱出できない編者であったことが伺える。何回か自国の交易船が通過したことがあるのからと、その航路周辺の島の領有を主張することはあり得ない。相手国の理解や許可をも求めていない状態にて行われたことなら、それは反省することである。決してそれを根拠にして領有を主張することではない。

참고문헌 (8)

  1. 權五曄, "고사기" (2007), 고즈원
  2. 權五曄, "独島와竹島" (2005), 제이앤씨
  3. 權五曄, "元禄覺書" (2009), 제이앤씨
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  5. 權五曄, "竹嶋紀事 3-3" (2012), 한국학술정보
  6. 權五曄, "隱州視聽合紀" (2012), 인문사
  7. 權五曄, "죽도기사 1-2" (2011), 한국학술정보
  8. 권혁성, "竹島考 下巻" (2013), 인문사

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