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하기와라 사쿠타로의 여성신체표현 -『달에게 짖다』와『파란 고양이』를 중심으로-

Representation of the Woman's Body in Hagiwara Sakutaro's “Tsukinihoeru” and “Aoneko”

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주제분류일본어와문학

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萩原朔太郎の初期詩集である『月に吠える』と『青猫』には女性の身体をあしらった多数の詩が含まれていて、詩人の特別な傾倒ぶりを感じさせる。第一、春の官能的なイメージとしての身体である。生暖かい春の生理的な感覚の齎した艶かしい肉体への想像は春の官能性を呼び起こす。ただ、その基底には動物的な本能としての欲情ではない、蘇生の季節なる春ならではの生命感的な認識が働いている。第二は主に『青猫』を通して喚起される美的対象としての女性身体への憧れである。魚類や食べ物などに喩えられた様々な身体への凝視は特記すべきであり、味覚や嗅覚などの五官を刺激する、いかにも幼児のような純粋無垢の原始的な情感が描かれている。これこそ、同詩集での身体表現が単なる情欲の対象に止まらず、強い生命力のシンボルという意味合いを込めている証である。この他にも、『青猫』を貫いているテーマの「感覚的憂欝性」を読み取るうえても、女性身体は欠かせない詩的素材といえよう。最後に、本稿ではいわゆる朔太郎特有の病的な感覚という面で、『月に吠える』中の問題作である「恋を恋する人」に注目し、新しい解釈を試みてみた。この詩は男性の女性化への憧れという破格の趣向性を窺わせるもので、特に「異性装」、「服装倒錯症」といえる病理的現象が現れている。しかし、肝心なのはこのような病理的感覚が男女の性差の解体を試み、既存の服装認識の椊組みを破っている点である。換言すれば、男性性と女性性の境界を超越することにより、これまでの男性中心社会において周辺的で劣等の存在として位置づけられてきた女性身体に対する近代的な自覚が見受けられる。結局、朔太郎はこれまでの男性中心社会において、無条件的な支配と所有の対象と見做されてきた女性身体に対する暴力的な視線から脱皮し、詩的形象化を試みている点で、他の詩人たちとの差別性が認められよう。

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