지카마쓰의 세계관 고찰
A Study on Chikamatsu The Perspective of The Life
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초록
近松世界觀の考察 - 心中物を主として - 近松世話淨瑠璃、とりわけ、心中物は悲劇である。その悲劇とは、当時の人々の實生活と深く關わっていて、時代淨瑠璃とは一味違う感動を与えたとみられる。近松の作り出した悲劇は、單に片付けられない彼獨特の価値觀や世界觀、思想といったものに密接にまつわっていると思われる。そのような彼の世界觀を論じようとする時、仏敎拔きにその本質に近付くことは不可能である。近松の悲劇が唯の悲劇に終わるのではなく、救いもみられるということからも、明らかになってくるのであろう。仏敎の役割である救いは、近松個人の思想や世界觀などに基づいた彼なりの方法によって施されたものと考えられる。 近松思想の根本であるとも言える仏敎は、中世の仏敎とは相当違うものであった。中世において後世救濟を說敎の主旨としていた仏敎が、近世になって現世利益を說くようになったのは、享樂生活にこの世の樂しみを見出だそうとした近世の人々の意識から、後世よりもまず現實生活を重視し始めた故であろう。このような近世仏敎の影響を受けて、彼は大体の世話淨瑠璃(特に、心中物)において、現世肯定の立場を取っている。しかし、現世意識が大事にされていたとしても、仏敎本來の役割である來世に對する信念が失われていたのではない。來世とは、現世と完全に斷絶された世界ではなく、現世で叶えられなかったことを委ねる世界として認識されていたと思われる。 釋迦、弥陀、觀音の三尊を同一体化していた近世仏敎の思想は、近世庶民に廣く敎示されていたとみられる。近松の世話淨瑠璃においても、現世成仏の觀音の思想と來世成仏の淨土の思想が複合的に融合してあらわれいる。 このような思想を根本としている近松が考えていた來世とは、決して現世と同一でもなく、連續する存在でもない世界であって、現世の中に內在化されている世界であったと言える。これは近松によって作り出された、世俗から離れられない、極めて近世的な獨特の世界觀であると言うよう。
참고문헌 (2)
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