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柹本人麻呂の「天にある日売菅原の草」一考

A Study of Songs "The Holiness Weeds, Himesugawara in the Sky" at KakinomotonoHitomaro's Anthology

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주제분류일본어와문학

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Abstract

一二七七番歌をめぐる旋頭歌の一面には、創作を成し遂げた知識人としての人麻呂本人の面影とともに彼の表記における先端の技が伺える。   特に、旋頭歌が持つ民謠との連続性の観点から俯瞰してみると、人麻呂個人の内奥までも観察できようかと思われる。そして、枕詞の「天在」が導く「月」に焦点を当てて神話を考察してみれば 「保食神」「大宜津比売」という月の女神が登場してくるが、そこにはイザナギの神が黄泉の国を訪問した後<禊ぎ>により、やがては三貴子が誕生するという筋書きになっている。 つまり、死が齎した<穢れ>の神話には<禊ぎ>の作用が付随し、そこがストリー展開上の重要なモチーフを形成していることが知られる。やはりこの月の女神である「大宜津比売」の<穢れ>の話しが中枢的役割を演じ女神の存在態を含蓄し、やがては生死の起源を物語る神話素と直結する生命誕生を促す神であることを先に指摘しておかなければならないと思う。 一方、この[ヒメ]の名をもつ女神とは古事記歌謠では,天皇の成婚の相手として、すがすがしい草の菅をもって表現されている。また、墨江 (後の住吉)の祭神には、「つつ」(筒)という航海の神にふさわしい名としてその地名と関連のある姫原の菅が歌われる。さらに、大和氏の月神論えお援用するならば、「安曇連の祭祀氏族は古代祭祀における天照大御神にも月神的な属性」の一端が伺われるという。 そこで、「夏越しの祓へ」には茅の代わりに菅が祭祀に使われている が、漢詩文に出てくる「白茅」と「苴茅」の用語を調べてみると、天子が諸侯に授ける儀式用の呪具(祓え具)の一種として斎場に使われたということがわかる。これらの遺習が日本に伝わって宮廷における手草としての薄、または稲穂が祭祀の道具となっていたことが推察される。 以上のことで本題歌(一二七七番)を考察してみた結果、日売(比売)の歌には神聖なる菅と茅のような中国伝来のすがすがしいイメージを持つ祭祀道具が使われたということ。次に、神に使える巫女が主体になって <穢れ>と<禊ぎ>の神話素を構成し、月の女神ならではの本姓をも兼ね備え生命誕生を促し、現実の人間社会に比肩してみるならば、その神聖な神体は穢れては困るという恐れと戯れの歌の作柄を人麻呂は流布することになったものと類推され得るのではなかろうか。

참고문헌 (6)

  1. "を參照にしたことをここに記しておく"
  2. "万葉集全註釋"
  3. "*竹內照夫 新釋漢文大系明治書院昭和55年"
  4. "學 社第19卷6 昭和4"
  5. "大漢和辭典國文學", 大修館書店昭和五十九年
  6. "書房刊昭和62年"

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